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古代ギリシャ人から学ぶ、民主主義の本質:『哲学の起源』(柄谷行人 著)

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社会科学エッセイとして珍しくもベストセラーになった2012年の作品。

どんなふうに書かれているのか、また作者がどういった論点で語っているのか、非常に興味があり、読んでみた。

『哲学の起源』というタイトルから得た第一印象は、存在とはなにか、自分とはなにかという哲学の原始的な発生を考える本なのかなということ。しかし実はその中身、古代ギリシャアテネイオニアという、2つの都市文化の対比において、哲人や詩人の言行や他の都市文化の考察を通して解き明かすデモクラシー論。

作者は近代民主主義の問題の原点をアテネに見ており、多数の賢人を生み出したイオニアの共同体思想「イソノミア」をデモクラシーの理想としている。

アテネイオニア的な思想を受け入れながら、それを乗り越えようとした都市だった。イオニアの市民は自由で個人が自律していたが、古代ギリシャ文化の中心となったアテネでは、市民は土地や貨幣に縛られ自由度が低く、官僚的で支配的な文化に退化した。

作者が示す、アテネ的なものとイオニア的なものを、人間・システム・学問・宗教で分類すると、以下のようになる。

イソノミアとは、以下に示した「“イオニア的”なもの」に基づいた共同体思想である。

 ●「アテネ的」なもの
他人からの略奪
他人の強制的な使役
専制支配
官僚制
自然科学を軽視
人間から遊離したオリンポスの神々
超越的な神の概念
神官・祭司が権力を持つ

●「イオニア的」なもの
ソクラテスヒポクラテスピタゴラスヘロドトスホメロスなど、多数の知識人を排出
自由で平等
個人が自律
専制支配がない
官僚制がない
労働と交換によって生活することに価値を置く
勤勉に働くことを評価
物質的労働と精神的な労働の分離を否定
自然学への理解
神々によって説明していた世界の生成を「自然」から理解
天文学や数学を受け入れ、占星術は拒否
自民族中心主義ではない歴史観ヘロドトス
宗教を批判し、自然科学を評価
超越的な神の概念がない
擬人化されたオリンポスの神々を退けた
神官・祭司が権力を持たない
神は土着的で儀礼的な象徴にすぎない

作者は結論として、ソクラテスのあり方に希望を見出している。

ソクラテスは私人(個人として)であり公人(社会的な思想を語る)として、街(アゴラ)に集まる外国人や奴隷といった大衆に分け隔てなく語りかけたイソノミア的な哲人であり、コスモポリタニスト(世界市民主義者)であった。

プラトンは、僭主制国家を生み出したアテネ的なデモクラシーを一掃するために、ソクラテスの「言葉」を編集し、ソクラテスを「哲人王」のモデルに仕立て上げた。ソクラテスのような知的人物が支配する平等な共同体を、理想の国家とした。

上で「アテネイオニア的な思想を受け入れながら、それを乗り越えようとした都市だった。」と書いたが、現実アテネイオニア的な思想を乗り越えることができず、政治経済は腐敗し、それを乗り越えるにはイオニア的な思想に戻らざるを得なかった、というのが作者の見解である。

つまり現代社会におけるデモクラシーもこれに見ならい、知性や自律、自由、平等、自然科学、コスモポリタニズムの思想に目を向けましょう、というのが結論。

この結論は、ゲーテやカントが200年以上前から述べていたこととまったく変わらない。人類を取り巻く環境が日々激変しているというのに、人類そのものはたいして変わっていないという証明でもある。

作者である柄谷行人氏の(『世界史の構造』の)話の進め方を見ていると、モノの交換体系から社会を見ようとしたところにマリノフスキーのようなアプローチが見られるし、事象を構造として捉える姿勢にはレヴィ・ストロースからの影響が見られた。

こういった本は、理解できるできないにかかわらず、多くの読者に読んでもらい、考えるきっかけにしてもらいたい。なにごとにも、理解する以前に、「感じること」「考えること」が重要。とくにいまの時代、ネットでキーワード検索をかければ、あたかも知性のように見える「情報」の断片が、考えることなく、一瞬にして無料で手に入る。考えることの重要さ、知性の重要さを教えてくれた大切な一冊であった。

三津田治夫