本とITを考える

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ベーシックインカムは人類にユートピアをもたらすのか? 『隷属なき道 ~AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働~』(ルトガー・ブレグマン著)を読む

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古典を取り上げることが多い読書会で、今回の第18回目ではアクチュアルなベストセラーを初めて取り上げた。

ベーシックインカムと労働をテーマに人類のユートピアを探求する『隷属なき道』(http://amzn.asia/6pAsHxy)は、オランダの29歳の歴史学者が書き上げた意欲作だった。

ベーシックインカムというと先の選挙で公約に掲げていた某政党もあり、最近よく耳にする人も多いだろう。ベーシックインカムを簡単に説明すると、生活保護などの公的扶助として、政府が無条件に一定額を国民に一律で配るという制度。これにより、国民が新たな仕事を探したり、創造的な活動に時間を振り向けられるなど、貧富格差の是正で閉塞した社会が活性化する、という発想だ。

それがなにによって実現できるのかというと、本来は人間が生み出していた価値を将来はAIなどのテクノロジーが生み出すであろうという見立て。そこで得た余暇を人間は創造的活動に振り分けましょう、というものだ。

本文中に引用されるケインズの言葉「難しいのは、新しい考えに馴染むことではなく、古い考えから抜け出すことだ。」こそ、この本が示そうとしている大意である。

7人の参加者に囲まれた会場では、労働と貨幣という本書のテーマが非常に身近であることと、本書のそもそものテーマが問題提起であるということから、いつにも増して多様な意見が飛び交った。

まず、ベーシックインカムの導入で公的機関にとっては審査のコストが省け、国民にとっては申請の高いハードルという障壁がなくなり、従来型の生活保護などよりはメリットが多いはず、という意見は多かった。
また、最貧困層が「愚かな判断」をせずに働く手段を手にしたり、過疎地での雇用が期待できるなど、労働そのものに対するポジティブな見解も印象的だった。

一方で、テクノロジーが本当に人間に余暇と貨幣を与えるのかという懐疑論から、財源の確保は大問題という指摘もあった。実際にこの20年間でIT社会が大きく広がったが、余暇や貨幣が増加したという実感を持った人はどれだけいるのだろうか。

『隷属なき道』は、いろいろな未来を提示して読者を扇動する、一種挑発的な内容でもある。たとえば、投資家や銀行家などの金融家を、貨幣を左右に動かすだけの創造性に欠ける人たちで、彼らは「自分は稼ぎがいいのだから価値ある物を生み出しているはず」と思い込んだ属性、としている。そんなことよりも空飛ぶ自動車を開発する発明家の方がよっぽど創造性で、価値が高く、大量な貨幣を生んだこととその人の創造性の価値は別物であると断言している。極論であるとはいえ、これは著者ルトガー・ブレグマンがいいたいことの本丸であろう。

しかし、そもそもベーシックインカムという制度が日本人に受け入れられるのかという疑問には、働き者の日本人には肌が合わないという見解や、日本人は保守的だから変わることすら拒否するという見解、とはいえ日本人は「なし崩し力が高い」から知らぬうちにベーシックインカムを空気のように受け入れているのではないかと、各方面に意見が分かれた。

最後に「ユートピアは実現した途端ディストピアになる」という本質的な批判が複数から聞かれた。人権のユートピアは実現されているが経済のユートピアはいまだ実現されておらず、その意味で『隷属なき道』は経済のユートピアの青写真である。人権に関しては善悪の判断をつけやすくユートピアの定義が比較的容易だが、経済となると「豊かさ」になるので、各個人での定義にばらつきがあり、経済的ユートピアの実現は困難だ。それを実現するとなると、「これが経済的ユートピアだ」というトップからの押しつけとなり、その瞬間、ディストピアに転じる。世界史が示す実例として、旧ソビエト連邦共産主義経済がそれである。

「今、わたしたちはこれらの古い問いについて再考しなければならない。成長とは何か。進歩とは何か。より基本的には、人生を真に価値あるものにするには何なのか」

この意識が、著者の提唱する成長や価値の本質につながる、という結論である。

この本のサイドストーリーとして出版の経緯が魅力的だ。著者を囲むオランダのコミュニティから火がつき、メンバーがボランティアでオランダ語から英訳しアメリカでオンデマンド出版をしたところさらに火がつき、今度はエージェンシーの目にとまり版元からの出版となり、そこでも火がつき世界各国で翻訳されることになった。いわば出版のシンデレラストーリーである。こうした、出版の夢を示してくれたという意味でも、『隷属なき道』は価値の高い作品である。「歴史学者が書いた社会学書籍」と聞いただけでもなかなか出版のハードルが上がるが、こうした実績は嬉しい。今後はこのような経緯による出版が増えてくることは間違いないはずだ。

三津田治夫