本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

「非宗教的な精神性」が組織と人類を豊かにする:『ティール組織 ~マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現~』(フレデリック・ラルー著)

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英治出版『ティール組織』は600ページ近い大著でありながら発刊早々で異例の3万部を突破したという、近年まれに見る話題のビジネス書だ。事業のイノベーションに参考になる例がありそうで気になるので、早速買って読んでみた。

まず、巻末の「本書に寄せて」を見て驚いた。
かのインテグラル思想の権威、極言が許されればスピリチュアルの親玉、ケン・ウィルバーが寄稿していたのだ。
ケン・ウィルバーの代表作『無境界』の帯に書かれている「トランスパーソナル心理学」とは、人間どうしは個別な人間性を超えて抽象度の高い精神でつながっている、という仮説に基づいて展開される、ユングの流れをくむ新派の心理学だ。心霊や超自然現象、UFOや易学も研究したユングの流れを組むというぐらいだから、トランスパーソナル心理学には、一部で「オカルト」と呼ばれる要素も少なからず含まれていることはここで言っておく。

なにが言いたいのかというと、『ティール組織』という研究や調査の集大成でできたビジネス書の源流をたどってみると、実はスピリチュアルやオカルトに行き着くという点が非常に興味深いのである。しかもその本が累計3万部を超え販売されているということは、それだけの数のビジネスリーダーがこの領域に関心を示している、というあかしでもあるのだ。もしくは、「過去の成功」や「過去のデータ」がほぼ通用しなくなった現代において、ビジネスリーダーたちのもはや藁にもすがる気持ちの表れ、なのかもしれない。同時に言えることは、いまのビジネスに求められるものは、過去の事例やデータの反復ではない。これからおこりうる未来に焦点を当てること、である。これがまさしく、イノベーションに応用できる考え方だ。

「全体性(ホールネス)」とは、仏教でいう「縁起」である
前置きが長くなったが、『ティール組織』では、文化や組織の発展段階を色にたとえる。暴力と恐怖で人を支配する最も原始的な組織形態を「衝動型」(レッド)とし、現代の組織形態は多様性や文化を重視した「多元型」(グリーン)で、さらに進化した組織形態が、「自主経営と全体性(ホールネス)、存在目的」を重視する「進化型」(ティール、青緑色)である。本書では「進化型」の「ティール組織」をいかにして実現するかの考え方と方法を、欧米企業の膨大な事例を取りあげながら説明している。

前述の「自主経営と全体性(ホールネス)、存在目的」に関して、とくに日本人にとって「全体性(ホールネス)」はわかりやすいだろう。本文にあるように、組織の運営において絶対性ではなく、「ほかの人々との関係における全体性(ホールネス)」を重視する。日本人になじみが深い、仏教用語の「縁起」である。「ご縁」ともいわれるが、こうした人間どうしのつながりや偶然性を重視する考え方は、日本人ならすっと腹落ちするだろう。

訳者があとがきで「進化型のコンセプトを学ぶことで機能不全の(日本の)ハイコンテクスト文化を進化させることができるのではないか」と書いているように、「ティール組織」では、言葉による規約や定義の外にある、「精神性」ないし「非言語」の領域に重きを置く。聖書にも「はじめに言葉ありき」とあるぐらい、欧米ではあらゆるものが言語化され、定義され、規約される。そうした文化が当たり前にあるからこそ、法律を作ったり、プログラミング言語や複雑なシステムをつくったりができる。このマインドは残念ながら日本人のDNAには組み込まれていない(目下獲得中といったところ)。ゆえに『ティール組織』を読んで、「なんでこんなことをいまさらいうの?」と疑問を持つ日本人は多いかもしれないし、逆に、日本人ゆえに共感を持つ人も多いかもしれない。

互いの成長と承認が組織を豊かにする
言葉による規約や定義ではなく、人間の心の状態(精神性)に重きを置く「ティール組織」では、「自分の才能を発揮し使命を果たすことの方が報奨金や賞与よりも重要」な「内在的欲求で動く人に価値を置いて」いる。
また、「権力の獲得を、誰かが持つとほかの人の分が減る、という「ゼロサム・ゲーム」とは見ていない。全員がお互いにつながっていることを認め合い、あなたが強くなれば私も強くなれる、と考えている」と、「ティール組織」では「知識のない人から取る」「安く買って高く売る」といった、いままでの資本主義ないし競争社会の考えとはまったく一線を画している。すなわち、「成長と利益は目的ではなく、一日の終わりにその実現に向けた集団的な努力がどの程度進んだかを示す単なる指標に過ぎない。」のである。

「なにをいまさら、理想論を……」と思われる方も多いだろうが、上記を実装した事例は多数『ティール組織』の中に書かれている。ぜひ、手に取って読まれるとよい。そしてまた欧米は、幾多の理想を掲げ、社会実装し、挫折し、また理想を掲げ、社会実装し、挫折し……、を延々と繰り返している社会でもある。そうした循環や弁証法的発展の一例が、『ティール組織』であるともいえる。では、先を続ける。

「自己の存在意義を徹底して問う」が組織を強くする
人の心の状態に重きを置く「ティール組織」では「モチベーション」に着目する。たとえば、「人は、本当に意味があると確信できる目的を追求しているときには、効果を高めたいと思うものなのだ。」と、組織においても個人においてもつねに「目的」を問い、確信することに価値を置いている。これにより人は自分らしさを失わず使命感を獲得し、それを原動力として組織活動へ変換できる、という考え方だ。そして使命感を深めることにより、「自分自身の中の、そして外部世界とのつながりを通じて全体性を取り戻せる」のである。使命感の深まりは言葉や制度を超えた精神的な「全体性」(ホールネス)へとつながり、全体性は新たな使命感や原動力を生み出す「場」となる。つまり、「人々が自分の目的を人生の中心に位置づけるほど、組織の通気性が高くなる」のである。

また人のモチベーションを削ぐものとして、「判定(ジャッジメント)と統制」による従来型の評価システムを例にあげる。「ティール組織」ではむしろ「私たちが心から熱望していることは何か?」「世界になにを提供できるのか?」「私たち独自の才能は何か?」「何が障害になっているか?」「どうすれば、会社の中でもっと自分らしく生きられるようになるだろう?」という問いへの答えが、評価されるべき軸なのである。

言葉による規約や定義は組織社会を作り上げることに成功したが、文明の発展の中で組織社会は人の心の状態にネガティブな影響を与えるようになった。そこから脱却するためのソリューションが「ティール組織」である。組織社会を構成する言葉による規約や定義の代表例として「役職」があげられるが、「役職に社会的名声が伴っていると離れられなくなる。そしてたいてい自分がその役職「そのもの」であると勘違いしてしまう。」と、組織社会は勘違いや錯誤を生む温床ともなりえる。昔のロシア文学に、出世欲にとりつかれた男がその象徴である勲章欲しさのあまりに気が狂い、ある日突然自分が勲章に変身してしまったと思い込むという話があったのを思い出す。

言葉は重要。されど、言葉に支配されるな
「進化型組織には、もはや生き残りへの執着はない。」と、「ティール組織」は、マズローの欲求5段階説の最下位に位置する「生理的欲求」を追求するものではないことを明らかにする。経営者が口にする「生き残りをかけて」という合い言葉は「ティール組織」ではありえない。空気を吸うために必死に生きる人がいないことと同様(溺れかかっている人は別だが)、「生き残りをかけて」を合い言葉に高いパフォーマンスを発揮した企業がある、という話はあまり聞いたことがない。

「精神性」に関し、宗教と絡めて次のように結論づける。

「人々は、個人的な経験と慣行を通じて統合と超越を求める。つまり、以前の宗教的な対立を解消し、非宗教的な精神性を通じて現代の物質的な見方を変え、喜びと幸福をもたらそうとするのだ。」

『ティール組織』は、膨大な事例を集めたビジネス書であり、社会心理学学術書でもあり、啓蒙主義や観念論など世界の知見を集めた哲学書でもある。そして宗教の対立が戦争や惨劇を生み出す現代にこそ、「非宗教的な精神性」が求められる、ということを訴えかけている。かつて日本人は大和魂天皇への忠誠といった「精神」というスローガンのもとに戦争を行ってきた。これに対する反省と罪悪感から、日本人には長らく「精神」という言葉がタブーになっていた。一方で、言葉による規約や定義が作り上げた金融社会は破綻を来し、組織社会は人間の心を疎外し、宗教の対立は戦争を生み出した。そうした時代の背景において、「非宗教的な精神性」が求められるようになったのである。

最後に、「神話」について言及されている点が興味深かったので引用する。

「神話は自民族中心主義的な「選民意識」を生み、女性への抑圧、奴隷制、戦争、環境破壊をもたらしたのだ。」

神話とは信憑性の有無ではなく、その時代の人たちが文句なしに信じ切った物語、すなわち、言葉の集大成のことを指す。資本主義や共産主義国家社会主義も、すべては神話の産物である。『ティール組織』では、神話という言葉の集大成が戦争や差別、環境破壊を生んだという。言葉よりも精神を重んじる「ティール組織」においても、組織を定義する「言葉」が必要であることはまことに皮肉である。まるでフランスの哲学者デリダが「言葉には意味がない」と、言葉で延々と説明しているようなものである。精神性は重要である。しかし、精神性を共有するには言葉という媒体が必要なのである。とはいえ、その媒体に支配されてはいけない、が『ティール組織』のいいたかったことである。

日本の組織から虐待の連鎖を断ち切ることはできるのか?
いま、地球上の資源に限りがあることや、差別や暴力、虐待の連鎖が戦争を生み出すことが世界的に認知されている。アムネスティ・インターナショナルなど欧米の団体が部族の習慣的な儀礼に対して「残酷」「暴力的」などと廃止を求める運動を端で見ていて、「民族の風習に介入するのは、それっていいのか?」と、私はかねてから思っていたが、どうもこれは、「差別や暴力、虐待の連鎖が戦争を生み出す」につながっているらしい。同様に、日本でもセクハラやパワハラという言葉がここ数十年で日常で使われるようになってきたが、組織の権力や性差を利用して力を行使することは「差別や暴力、虐待の連鎖が戦争を生み出す」につながるのである。昔は、部下の女性従業員の体に触れて「コミュニケーション」といったり、部下を密室に連れ込み叱り怒鳴りつけ「教育」とする管理職がいたものだが、これらは「差別や暴力、虐待の連鎖が戦争を生み出す」につながるので、いまはあってはいけないことである。いまの世界において、日本型の「ティール組織」とは果たしてありうるのだろうか。この点も考えさせられた。

*  *  *


スピリチュアルやオカルトは精神の探求ともいわれるが、企業の飛躍的な成長やGDPの永続的な拡大がもはや幻想になったこんにち、ビジネスの世界では、いままで真逆に位置していた「精神性」という、過去事例の反復や短期的な収益の数値化とは別次元の領域に焦点が当てられるようになったわけだ。ちなみに「ティール組織」の源流に思想を供給したユングと袂を分かったフロイトの理論構造は、上下階層をなすピラミッド型(「アンバー」)である。一方でユングの理論は、上下左右内外という複雑な構造をなすマンダラ型(「グリーン」ないし「ティール」)である。この点で、組織構造の発展と心理学の関係が見えて興味深い。

ロックやモンテスキュー、ルソーなどの啓蒙思想が世界に現れ、カントが人の心と存在の関係に扉を開き、ヘーゲルが高みに登りつめる精神性の弁証法的発展を解き明かし、フランス革命が起こり膨大な移民がアメリカ大陸に押し寄せ、マルクスが物質や環境が歴史をつくるという唯物論を唱え資本主義のあからさまな現実を暴き出し、ロシア革命が起こりボルシェビキソビエト連邦を建国し、第二次世界大戦を経て東西冷戦に突入、ベトナム戦争オイルショックベルリンの壁の崩壊による東西冷戦の終焉、リーマンショックによる貨幣経済の限界の露呈、キリスト教イスラムの宗教的対立を経て、現在にいたる。

今後、非宗教的な精神性とビジネスの融合が世界にどれだけの成果をもたらすのだろうか。そして、どれだけの幸福を世界にもたらすのだろうか。未来を考えていると、楽しみである。

◎参考図書

ケン・ウィルバーの代表作
『無境界 ~自己成長のセラピー論~』
『科学と宗教の統合』

「自主経営」の参考になる事例
『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』(ロバート・キーガン著)

トランスパーソナル心理学の入門・概論
『24時間の明晰夢―夢見と覚醒の心理学』アーノルド・ミンデル著)
『うしろ向きに馬に乗る―「プロセスワーク」の理論と実践』(アーノルド&エイミー・ミンデル著)

三津田治夫