本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

セミナー・レポート:6月29日(金)開催「人にしっかりと伝わる アクティブ・ライティング入門」~第5回分科会 本とITを研究する会セミナー~

6月29日(金)、「人にしっかりと伝わる アクティブ・ライティング入門」と題し、株式会社ツークンフト・ワークスの三津田治夫を講師に、会議室MIXER(日本橋本町)にて第5回分科会セミナーを開催した。

ライティングを受け身ではなくアクティブに行うことに焦点を当てた本セミナー、会場から多数の質問やコメントが飛び交う対話の多い場になった。

今回は会場から出てきた反応やそのやり取りから、印象的なものをまとめてお届けする。

◎講義では熱心な対話が続いたf:id:tech-dialoge:20180713125015j:plain

ライティングを阻むボトルネックとは?
文章を書くには、「テーマ選定」と「時間管理」、「モチベーション維持」の3つが大切である。その中で最もボトルネックになるものはなにか、という質問に答えた。ライティングが進まないときの一番のボトルネックは「テーマ選定」である。テーマとはすなわち「行き先」。行き先がわからなければモチベーションは続かないし、それに伴い時間管理の意識も欠如する。そのため私は、このセミナーでの説明や著者さんたちとのやり取りにおいて、「なにをテーマにするか」を第一に明確化するようにしている。そしてさらに、「なんのためにそのテーマを取り上げるのか」を明確にする。「なにを」と「なんのために」を不明瞭なままライティングを進めると、往々にして破綻する。たとえば本エントリーの「なにを」は「6月29日(金)のセミナーを」であり、「なんのために」は「出来事の記録とレポートのために」である。

上記の「時間管理」に関連し、「ライティングの時間をどう配分するか?」、また「書き上がりまでの時間をどう見積もるのか?」という質問があった。

「時間をどう配分するか」は換言すると、自分に与えられた限られた時間をどのようにライティングの時間に配分するかで、職業文筆家でない限り、本業以外の時間を充てる必要がある。そのうえで「書く場所を選ばない」という発想も重要になる。これを実現する行動として、ノートPCとインターネット接続機器の常時携行やクラウドでのファイル管理は最低限必要であることを説明した。

さらにライティングには、書くだけではなく、推敲・校正、他者の査読(レビュー)が必要になる。「推敲・校正に具体的にどのぐらい時間がかかるのか?」という質問に対し、私の場合だとA4の用紙4ページでライティングに2時間、推敲に2時間、合計でおおむね4時間かかることを伝えた。非常にライティングの早い人、その逆の人、個人差にかなりの開きがあるが、これは一つの例である。

◎講義中盤、ワークの模様f:id:tech-dialoge:20180713125119j:plain

時短を促進する「アジャイル」なライティング
ライティングの時間を短縮するには、「大きな手戻りを減らす」という、もの作りの基本的なルールを応用することが効果的だ。その例として、全文が書き上がってから原稿の査読を実施するのではなく、章単位、もしくは節単位で実施する、という手法を紹介した。ソフトウェア開発で言う「アジャイル」をライティングに応用したもので、細かく原稿をリリースし、レビューアーからフィードバックを受け、その内容を反映して再びリリースするという、イテレーションを繰り返す。これにより大きな手戻りを防ぐことが可能になる。実際に数百ページにおよぶ原稿をすべて書き直し、という事態もときどきある。これにより途中で力尽きてしまい執筆のプロジェクトが中断、という残念な結果も起こりうる。

「途中で力尽きて」を念頭に置くことで、執筆速度(ヴェロシティ)の計測や校閲・推敲、査読時間の見積もりや、時間配分の重要さがわかる。これらを把握することで、1年や2年におよぶ長期のライティング(とくに書籍)にも持ちこたえることができる。

ちなみにこうした「「計測」や「見積もり」は具体的にどうしたらよいのか?」という質問があがったが、これは至極単純な回答。「ストップウォッチで計測する」である。どのぐらいの文字数をどのぐらいの時間で書くことができたのか、計測値をメモする。スマートフォンの機能を使ってもよいし、タイマーつきのデジタル時計やクロノグラフを使って、ライティングにかかった時間を計測する。自分の執筆速度を掴むことができれば、1週間で、1ヶ月で、1年でどのぐらいの文章が書けるかの見積もりができる。私の場合、SE時代の20代、自分の作業時間をクロノグラフで逐一記録していた。これによりシステムのトラブルシューティングや開発にどれだけの時間がかかるのかが正確に見積もれるようになった。

査読には人選が重要であることも指摘。「読んでもらいたい人」に近い属性の人に査読してもらうことが、ライティングを短時間で終わらせるためのベストプラクティスだ。逆に、読んでもらいたい人から遠い属性の人に査読してもらうことは、意外なコメントが得られるという半面、手戻りが増える可能性もあるので要注意である。

文章の価値を高める「コンテキスト」と「コミュニケーション」
文章にはコンテキスト(文脈)が大切である。これに関して会場から、「自分はある人の文章に深く共感できるのに、それに賛同する人が少ないときがある。ある教授の解説はよくわかるのに、他の人はわかりづらいという、大学の講義でも似たようなことがある。それはなぜか?」という質問があった。これはまさに、コンテキストの問題である。その人が書き手(や教授)とコンテキストを共有したから、その人は文章や講義に共感できている。コンテキストとはその人の人生観や世界観、価値観など、その人が持つ人間性や身体性が色濃く反映した「価値」である。文章においても、言葉の流れや表現方法、章や節の配列の優先順位などによって、コンテキストが形成される。文豪やベストセラー作家は、多くの読者とコンテキストを共有する。ゆえに彼らは、文豪、ベストセラー作家と呼ばれる。このコンテキストにはいろいろな性質があるが、大きく分けて、時間をかけて大量な読者と共有されるコンテキストや、短時間で大量な読者と共有されるコンテキストの2つがある。文学で言い換えると、前者は古典文学で、後者は大衆文学である。

ライティングとはコミュニケーションのツールであることも指摘。
すなわち、自分との対話、読者との対話を促すためのツールである。
親子関係を例にとっても、大学の論文の査読を通して父子関係がよくなったり、メールを通して普段は話さないことを伝えられるようになったり、ライティングという行為で人間同士の関係性を大きく書き換えることができる。最近ではめっきり使われなくなった「ラブレター」も、まさに、ライティングという行為を通した人間同士の関係性の書き換え、である。同様に、ライティングはビジネスにおいても重要な役割を演じている。クライアントへ送付するメールマガジンやWebコンテンツなども、ライティングという行為を通したビジネスにおける人間同士の関係性の書き換えである。

ポジティブな循環の形成がブランディングを成功に導く
「本で自己ブランドを作ることは本当にできるのか? できるのであれば、それは自分で作るのか、人に作ってもらうのか?」という質問があった。

商業出版では一般的に出版社が著者のブランディングを行うが、最近は経費節減のためにそれができない出版社が増えてきた。その意味も含めて出版社は著者の持つ社会的影響力を重視する。著者のSNSでのフォロワー数や発言数を気にする出版社が多い理由の一つにはこれがある。

「本で自己ブランドを作ることは本当にできるのか?」に一言で返答すると、答えは「Yes」である。かつては出版社や新聞社、放送局、広告代理店などのメディアを使うことだけがブランディングの手段だったが、いまではネットを使った自己ブランディングが容易に可能になった。本という自分の身体から出てきた言葉のメディアが作られれば、自己ブランディングはさらに現実的になる。SNSやWebを通し、自分の書いた本の抜粋を紹介し、作品をPRし、その本を読んでもらうことで自分という人となりを知ってもらう。この行動がポジティブに積み重なることで、自己ブランドが形成されていく。この積み重ねの中でリツイートや口コミの輪が広がれば、さらにブランドは形成されていく。そしてブランドが強固になれば、それが企業家であれば事業ブランドが高まり、文筆家であれば愛読者や原稿の発注が増えるなど、ポジティブな循環が形成される。こうしたポジティブな循環の発生を念頭に置いたアクティブな活動は重要である。

最後に、会場からの要望として、「本づくりの際に編集者は筆者にどのような働きかけをするのか。本の販促のこと知りたい」という声が上がった。どこかの機会で取り上げられたらと思っている。

三津田治夫

 

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