本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

澁澤龍彦の遺作、海洋伝奇小説:『高丘親王航海記』(澁澤龍彦著)

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澁澤龍彦の遺作小説。同氏が亡くなられたのが私がちょうど大学のときで、いまでもはっきりと覚えている。

同級生には、彼の作品のどこが面白いのだろうかという懐疑的なものが多く、私自身同時代に何冊か読んでいたが、さほど印象は強くなかった。
彼の死語数年を経てエッセイや翻訳をいくつか読んでみたが、まあ、どれもこれもよくできているというか、感心の一言だ。
悪徳の栄え』はよくも訳したというか、あの見事な日本語運用能力は、まさに、澁澤龍彦あってのサド、という事実を再認識した。

『高丘親王航海記』は、この作家のオリジナル小説。
作家58歳の作品で、遺作とは思えないようなみずみずしさをたたえた、空海を師とする高丘親王の天竺への冒険を描いた伝奇小説、海洋文学である。
人間の言葉を喋るジュゴンや、犬の頭を持つ人間の登場、東南アジア諸国で遭遇する謎の現象など、澁澤龍彦氏の闊達なファンタジーがちりばめられた作品だ。

オビには奥野健男氏の言葉として「私小説ではなく奇譚において作者が直接的自己表出できるというのは稀有のことではないだろうか。」とある。確かに同感だ。本当に楽しそうに、ユーモアたっぷりで、面白おかしく小説を書いている姿が想像できる。

さらに感じるのは、澁澤龍彦氏の体験の大半は「言語体験」である、という点だ。作家が言葉で得た情報を、頭の中でさらにふくらませ、それを物語化していくという、作家ならではの天才的な思考プロセスが手に取るようにわかる。

1987年に亡くなってしまったこの方、ビッグデータやAIの跋扈するいまの社会に生きていたら、果たしてどういった作品を書いていただろう。もしくは周囲にはまったく感知せず、一貫してあのスタイルを崩さず、書き続けていただろうか。非常に興味深い。
『高丘親王航海記』は、箱入りで、装幀も美しくすばらしい。

三津田治夫