本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

2019年12月13日(金)開催「有楽町のナイトミュージアム観覧&相田一人館長の作品秘話に耳を傾ける夕べ」(後編)

前編から続く)

「この、ブルース」を貫く本当の意義とは?
相田館長は版元の書籍編集者であった経験から、「美術館の展示には本一冊作るほどの労力が必要」と語られた。

世のため人のためというきれい事で美術館運営はできず、相田みつを美術館は、相田一人館長の編み上げた「この、ブルース」であるという。
言い換えると、とてつもなく深い自己満足である。

これには、自己満足が突き抜けると、ある時点から「作品」へと昇華する、という意味もある。

◎作品を背景に講演をされる相田一人館長f:id:tech-dialoge:20191227190833j:plain

いまや「この、ブルース」を貫くことが困難な時代である。
そして、表現のダイナミックレンジの幅が狭くなったことは、昨今の出版不況で本が売れなくなったことと関連しているはず、という指摘もあった。

出版物も昨今では、作品というよりも、市場最適化された一つの商品だ。
市場最適化のプロセスにおいて、ダイナミックレンジはMP3音源のようにカットされているのである。

「自己顕示と自己嫌悪の双方の振れ幅が大きかった作家」である相田みつをの出版物がこの時代に累計で1000万部以上売れているという理由は、「この、ブルース」を貫き通した結果に他ならないのだろう。

終盤では、相田みつを美術館を開館したきっかけが語られた。
相田みつをが危篤で集中治療室に入っていた時期、相田一人館長は都内の転倒事故で全治6ヶ月の骨折をし、故郷栃木で危篤の父親の傍ら治療を行っていた。

このとき、アンドレイ・タルコフスキー監督による中世ロシアを舞台にした長編映画アンドレイ・ルブリョフ』(1971年公開)が頭をよぎったという。

イコン画アンドレイ・ルブリョフの息子である鋳物師の青年が、職人チームを率い苦難を乗り越え、巨大な鐘を完成させる有名なシーンがある。

鐘が教会につり上げられ青年が吐く台詞「父はなにも教えてくれなかった!」が、相田館長を美術館の開館へと導いたという。

◎創作中の相田みつをの写真の前で。相田一人館長とf:id:tech-dialoge:20191227190921j:plain

父との永遠の対話としての、「この、ブルース」
「父はなにも教えてくれなかった!」は、裏を返せば、なにかを教えてもらいたかったのではないだろうか。

相田みつをが作家としてなにを考え、なに意図して、なにを作ろうとしていたのか。
息子として、教えてもらった感覚はまったくなかっただろう。

作家である亡き父親との永遠の対話を「この、ブルース」として編纂し、アウトプットし、立体化したものが、「相田みつを美術館」であるということが、相田館長の言葉の奥底から伝わってきた。

ここまで話され、相田館長の「まだ半分しか話していない」という結びが、非常に気になった。

即座に結果が求められるいまの時代、世間はじっくり待ってはくれない。
ゆえにいまの時代、「この、ブルース」を貫徹することは困難である。
では、どうしたら「この、ブルース」を貫くことができるのか。
こうした問題提起と示唆に富んだ講演であった。

そして、参加された人たちが「この、ブルース」を聞いて、なにを感じ、どう行動に反映しようとしたのだろうか。
相田館長の言葉は心に深く刺さった。

最後に、改めて相田みつをの作品を読んでみたい。

 

「うつくしいものを 美しいと思える あなたのこころがうつくしい」

 

あなたにはどう響いただろうか。

文末に、参加者たちが書き綴ってくれたアンケートの結果を掲載する。
美術館での稀有な講演の記録とともに、場を共有した参加者の声を読むことで、おのおのの感性が共鳴したら幸いである。
(終わり)

三津田治夫


■今回の参加目的
・最近、急激にアートに対する興味がわいていました。言葉への興味が「言葉という表現のアート」である相田みつをさんの作品が生まれた経緯を知りたかったため参加しました(髙田信宏さん)。
・相田館長のお話を聞いてみたかったため(桑山貴志さん)。
相田みつをさんのご長男のお話を聞いてみたかった(藤まなみさん)。
・館長自身のお話がうかがえるので興味を持ちました(T.Sさん)。
・入れなくてもいいところを力みすぎ、踏ん張るべきところを踏ん張れない自分がいるような気がしたので、視点を変えてみたくて参加しました(熊王斉子さん)。
・館長の講話を聴いたことがなかったため、興味がありました(Kさん)。
相田みつをさんをあまり知らなかったですが、興味はあったため(K.Tさん)。

■今回の講演内容が具体的にどのような役に立つと思いますか
・感情の刺激、ダイナミックレンジ……、まさにです。自分の興味のある部分が解放された気がしました。「自己満足」、これこそが本質であると自分の中で答えが出てスッキリしました(髙田信宏さん)。
・自己顕示がものづくりの根底にあるということ(桑山貴志さん)。
・話の端々で心に残りました。具体的にすぐには分からりませんが、じっくりとこの先考えたいと思います(藤まなみさん)。
・自己顕示の良い一面が認識できました。また、松下幸之助の「素直な心になるために」をいま読んでいて、松下氏と相田氏の伝えたいことが重なって共時性を感じた。自分が参加する読書会でもメンバーに伝えたい(T.Sさん)。
・良い感じに心のアクセルとブレーキを再認識できた気がします。ものづくりとはまったく縁のない仕事だと思っていましたが、意外にも通じるところがあり、自分の仕事でも、ものづくりをしていきたいと思いました(熊王斉子さん)。
・ダイナミックレンジの話は事例も交えられていて、とても面白かったです(Kさん)。
・素直に生きることが本当にすばらしいことがわかり、今後の人生がさらに豊かになりそうです(K.Tさん)。

■もっと知りたかったこと
・誰に対してデザインするのか?自己顕示との間で考えてみたいと思いました(桑山貴志さん)。
相田みつをさんの父としての人物像にも興味がある(藤まなみさん)。
・話したいことの半分と仰っていたので、残りの半分を聞いてみたいです(熊王斉子さん)。
・みつを先生自身についての話も、もっと聴いてみたかったです(Kさん)。
相田みつをさんが書を書く他にどんなことに興味があったのか、趣味なども知りたかったです(K.Tさん)。

■その他のご意見
・みつを先生が賀来賢人さん似のイケメンで、書のオーラとのギャップにびっくりしました。ものをつくるとはすさまじい事だなと心の中でため息が出ました(熊王斉子さん)。
・とても素晴らしい会でした。楽しかったです!(K.Tさん)。
・クラシック、70年代歌謡、映画など、館長のお話をうかがってまた見聞が広がりま
した。新しい世界、新しい考え方のフィルターを得られるのは刺激的だと思います(T.Sさん)。
・とても興味深い話をありがとうございました(藤まなみさん)。
・このような本質的な話に触れる機会にまた参加したいです(桑山貴志さん)。