本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

読書会の記録:『サド侯爵夫人』(三島由紀夫著、新潮文庫)

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今年で早くも5年目に突入。20回目となった読書会のお題に、読書会初の戯曲、三島由紀夫の『サド侯爵夫人』を取り上げた。

基本、この読書会のメンバーはあくが強く満場一致の意見はまずないが、今回は見事に意見が分かれた。
「共感できない、面白みがわからない」「古くさい」「装飾過多」「作家が文章に酔っている」というネガティブから、「女性にサドを語らせるという形式に感心。三島の中の女性性が見られた」や「いない人を論じるというスタイルが面白い」「数時間で読めるサド便覧だった」などのポジティブまで、読後の見解が真っ二つに分かれた。

私は後者のポジティブ派で、今回で読んだのは4度目だ。確かに1度目に読んだときはどのように読むべきかさっぱりわからなかったが、何度か読むうちに真意が伝わってきた。天才の作品たるや何重にも複雑に思考が織り込まれているので、しばしば一読しても理解不能が起こる。

またポジティブ派の一人は、学生時代あまりにも感動したので2階で音読していたら、1階にいた母親に「息子は気が狂ったか」と思われたというエピソードを語ってくれた(仮に私の息子が音読とはいえ女言葉でモントルイユ夫人などを情感込めて演じていたらとても恐ろしい)。

異常性愛文学の元祖
サド侯爵とは言うまでもなくサディスト、サディズムの語源となった人物で、フランス革命の時代を生き抜いた、いじめや虐待を美学として確立した芸術家かつ本物の異常性愛者である。ただの変態でないところは、非常に頭脳が明晰で数々の著作を残した天才作家であること。先日、フランス政府がサド直筆の『ソドムの120日』の原稿を国宝に認定したという報道があったのには驚いた(『ソドムの120日』がどんな小説なのかは、興味がある方はぜひ読んでいただきたい)。

政府認定の変態作家という特殊性からして、三島由紀夫のお眼鏡にかなわないわけはない。奇しくも1965年、澁澤龍彦は伝記『サド侯爵の生涯』を上梓。三島由紀夫はこの本にインスパイアされ『サド侯爵夫人』を書き上げた。

会場では参加者から、三島由紀夫の常識に対する否定とアウトサイダーへの憧れが作家のサドへの共感につながっているという意見や、作中ではフランス革命を通した女性の解放を描きたかったのではないかと、読後の第一印象から話は本質的な内容へと入り込んでいった。

f:id:tech-dialoge:20200619182847j:plain◎持ち寄られた副読本たち

副読本としてサドの『悪徳の栄え』や『悲惨物語』が読まれ、それぞれからの印象も語られた。
悪徳の栄え』は私ともう一人の参加者が読んできたのだが、双方で一致した意見として、「読んでいて目が回ってきた」である。この作品は「サド裁判」として出版史に残るいわば当時のわいせつ文書である。しかしいま読むと、わいせつ性はネットや現実の方が実に高い。わいせつさというよりも、この本は極めて反社会的である。徹底的に良心を否定する極悪文学なのだ。そうした下劣な内容が澁澤龍彦の美文名訳で日本全国の書店に配本されたのだから、これは当時の出版界を震撼させた一大事件である。
『悲惨物語』は娘との近親相姦を描いた中編小説。これも主人公は極悪非道の限りを尽くすが、サドの作品にしては珍しく勧善懲悪的なエンディングだ。

こんな暗黒文学談義をしている中、読書会の会場には3歳ぐらいのかわいらしいちびっ子が二人、間違えて乱入してきた。その瞬間から、会場の暗黒中には一気に光が差した。

話は『サド侯爵夫人』に戻り、いじめられても夫を慕うルネ夫人は典型的な極道の妻ではないかという意見や、この作品はいまの定年離婚を扱った戯曲なのではないかという斬新な意見も出てきた。

そのほか、同時代の変態文学として三島由紀夫の大絶賛により世の中に送り出された覆面作家沼正三の作品『家畜人ヤプー』の名前がすぐさまあがった。本当に沼正三天野哲夫と同一人物だったのか、などの議論も出てきた。 

サドの文学は残酷で変態なのか、現代文学の方がよほど残酷なのでは、という議論にもなった。現代文学で描写される残酷性や事件性は、そのまま模倣できてしまうようなものが多い。一方でサドの場合はあまりにもスケールが大きく(たとえば国家の支配者やお金持ちはすべて変態であり、彼らの権力欲で社会が書き換えられていくような描写など)、模倣不可能で、その意味で作品以外の何物でもない。サドの作品は、言うなればダダ、キッチュである。私が読んでいる限りでも、確かにサドは変態だが、天才的な文筆力を生かして、フランス革命時代に対する個人的な恨み辛みを晴らしたかったに違いあるまい、とも感じる。彼の作品のほとんどは獄中で書かれたものであり、バスティーユ監獄や各地の精神病院に、女性に媚薬を飲ませたなどの罪で延べ20年以上収監されている。あの時代本人にしてみたら、「周りにはもっとひどい奴らたくさんいるじゃないか。なんで俺ばかり」と、恨み節を吐いていたのだろう。

日本に文壇、論壇がない理由
話は三島に戻る。『サド侯爵夫人』において、彼の中の女性性が見事に表出されているという意見があった。しかしそれでも彼の女性観は、女を女としてみていない。つまり彼の天才性で、女性という存在を文学という形式や図式として捉えているのである。だからこそ、形式と図式に則って書かれる戯曲に彼にとっての名作が多く、また、『宴のあと』や『金閣寺』などの具体的な題材を持つ彼のモデル小説にも名作が多い。

このようにサドと三島を考えながら、会場内では「では、文学とはなんなのだ」という議論に話が進展した。
いまとなっては、論壇や文壇が存在しない。
「論壇や文壇なんて、権威じゃないか」「そんなもの上から目線だ」「なくたっていい」「権威があったって売れなければ意味がない」という意見もあろう。とはいえそれでいいのか、である。

言葉を通して問題提起し、事象を共有し、共通で考えるたたき台を与えてくれる場がこの日本から失われて、大丈夫なのだろうか。文学がそうした役割を失ってしまって、日本人の持つ言葉は本当に大丈夫なのだろうかという議論に発展した。またそうした日本の出版界を憂慮して、三島はああいった死に方をしたのでは、という話も出てきた。一方で「そう思わせてしまうところも三島らしい自己演出かもしれない」という鋭い指摘まで飛び出てきた。

論壇や文壇のないいまの日本社会において、なにがモラルや価値を定義しているのかという議論になった。本を例にとれば、数多く売れる本には価値があり、モラルがあるのか、という話である。そもそも日本には哲学がないよね、という意見も、英国には哲学のラジオ番組があり、フランスには哲学の授業がある。日本にはお寺という立派な哲学の場が存在していたがいまでは社会の隅に追いやられ、檀家の減ったお坊さんたちは夜になると「坊主バー」なるものを経営して衆生に功徳を施す。夜な夜なバーに訪れる男女らが僧侶相手にアルコールの力を借りて口にするのは、生命のこと、存在のこと、すなわち、哲学のことであるという。確かにヨーロッパは狭い国土に多言語多宗教がひしめき合い、それぞれを信仰のある人の言葉をない人の言葉に言い換える翻訳作業が必要になる。その作業の担い手が、哲学者である。日本に哲学が不要なのではなく、あってもよいがそれほど切迫した問題ではない、である。が、島国とはいえ、高度な情報社会では島だろうが山だろうが関係はない。哲学のない状態は、そう長くは続かないだろう。

ヨーロッパに異常性愛を扱う文豪が多い理由
ヨーロッパ文学にはサドをはじめとし、ジョルジュ・バタイユやローベルト・ムージルアルトゥール・シュニッツラーなど、異常性愛を扱った大文豪が多数いる。しかし日本にはいないよね、という議論にもなった。谷崎潤一郎永井荷風は耽美であるが異常とまではいえない。そこに出てきた意見として、「日本には禁忌がないからだ」という言葉は、本日の読書会を包摂するような鋭さを持っていた。つまり三島由紀夫は、西洋のキリスト教的禁忌をベースにした思想を持ちながら他方で天皇制や『文化防衛論』を書くという複雑な思考もって作品を作り上げた人物で、だからこそいびつで、分裂した違和感も隠しきれないのだ。

作家の分裂という意味で会場からは、『鏡子の家』の名前があがった。これは官僚とボクサー、俳優、絵描きという4人の主人公たちの群像劇で、この4人はそれぞれ三島の人格を表した分身である。この作品こそが三島の分裂性を見事に表現したものだというのだ。

虚弱体質の青年が急にボディビルをはじめたり、自衛隊体験入隊してジェット機に乗ったり、ちぐはぐで矛盾に満ちた生き方は、あまりにも才能があるからつねにその逆を行こうとするのであり、また、演じているうちに「本物になってしまう」のも三島の特長である。

三島由紀夫の晩年は、若者を率いて思想結社とも右翼団体ともいえない団体「盾の会」を結成し、その若者の介錯のもとで市ヶ谷の自衛隊駐屯地で45年の短い生涯に幕を閉じだ。

特異な才能の天才に好奇心は駆られるが、共感は?
最後に、こうした複雑でそう簡単には捉えられない日本の作家と、本国では国宝級の変態文学者というお墨付きを得たフランスの作家とを同時に扱い、諸々戸惑うところもあったが、本読書会のルールとして、結論は評論とうんちく禁止。各人に自分の言葉で語ってもらった。

三島由紀夫の作品は面白いが共感はできない」「三島は生理的に合わないし好きじゃない」や、「サドは自分の暗黒面を映し出している感じがする」「政財界の権力者がいずれも変態として描かれているところをウッシッシとほくそ笑みながら読んでしまった」「サドの描くことは、確かにちょっぴり好奇心としてはある」などの言葉が飛び交った。

とはいえ私は「まだ評論しているんじゃないかな」「皆さんかっこつけているな」と思い、何度か突っ込んでみたが、やはり上をいく言葉は出なかった。そこも話し合ってみたところ結論として出たのは、三島もサドもいい悪い好き嫌い以前に、いろいろなものを超越した天才であり、ある次元からは共感の領域を大きく逸脱してしまう。サドのことに関しても、ちょっぴりの好奇心まではあるが、あそこまで徹底した残酷は理解できない。三島にしてもそうで、晩年の行動を見ても徹底しており、私たちがあずかり知る場にはいないのである。

そう考えてみると、サドより三島の方が人間的にいいのかな、という意見もあった。また職場にはサドっ気が強い人、結構いますよね、という話も出た。とくにこうした人ほど加虐に対しておとなしく、我慢強い。そして自分よりも力が弱い者が目の前に出てきた瞬間から態度が豹変し、その人は受けてきた加虐をそのまま自分よりも力の弱い者に対して与える。これが虐待の連鎖である。「これって日本企業の典型だ」という言葉も聞こえてきた。ちなみに同じモデルの虐待の連鎖は、かつての南アフリカや各国の紛争地域で、絶えず起こっている。

話が広く深く、多岐にわたり、いささか目の回るような読書会であったが、実りの多い内容であった。

三津田治夫