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反骨大河文学を通してインドネシアを深く理解:『人間の大地』(上・下)(プラムディヤ・アナンタトゥール著)

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東南アジアでは日本から最も遠く、また、国土面積が最も大きな国インドネシアは、ビジネスや観光やで日本とは盛んな交流関係にある。
文学の楽しみとは、その場にいながら文字情報だけで、脳内で時間や空間を移動できることだ。
今回はインドネシア現代文学の大家の作品からお届けする。

1898年~1918年までのオランダ植民地時代のインドネシアを舞台にした全4部をなす大河小説の一部。
作品は、日本にはない文学ジャンル、「ニャイ小説」といわれる。
ニャイとは日本語で「現地妻」と訳される。
オランダ人など白人がインドネシア女性を愛人にし、現地に家族を構える。その愛人を、ニャイという。『人間の大地』は、ニャイ・オントロソを主人公とした大河文学の一部である。

いわばインドネシア版『女の一生』もしくは『ブッデンブローク家の人々』。おそらく作者は、これらの作品にインスパイアされて筆を執っているはず。インドネシア文学はヨーロッパ文学に強く影響を受けている。その意味で明治の日本文学と似ているかもしれない。

前半はカフカの『失踪者』を彷彿させるインテリ少年ミンケの活動とニャイ・オントロソとの出会い。後半はミンケとニャイ・オントロソの美貌の娘アンネリースとの恋愛と、ニャイ・オントロソの告白である。
ニャイ・オントロソは、オランダ人の夫ヘルマン・メレマとの独立した関係を手にするため努力を続け、高い教養と判断力で農場経営から資産管理までを女手一つで切り盛りし、娘と息子を育て上げる。

ニャイ・オントロソは生い立ちを告白する。彼女はインドネシア人を両親に持つプリブミ(現地人)で、父親は公務員だった。父親の職場の上司はオランダ人で、職場での昇進と引き替えに、父親は娘(ニャイ・オントロソ)をオランダ人上司に愛人として提出する。そのオランダ人上司がヘルマン・メレマである。両親への信頼と夫婦愛が損失した世界に投げ出されたニャイ・オントロソは、現地妻の「買われた奴隷」としての人生をひたむきに生きる。

ヘルマン・メレマは娼婦に入れあげて突然蒸発し、あるとき娼館で薬物中毒で死んでいる姿が見つかった。そこにヘルマン・メレマの息子を自称する男がオランダから現れ、ニャイ・オントロソの生活が激変する。実の息子であるという彼はニャイ・オントロソの運営する農場の所有権を主張し、一人娘のアンネリースまでオランダに連れていってしまう。法律も人権もなにもない植民地社会に、ミンケは、「ヨーロッパ文化の実体」を直視する。

ニャイ・オントロソの息子も娼館通いで日本人娼婦のマイコから梅毒を移されたり、ミンケの親友のフランス人家具職人ジャン・マレは元アチェ戦争の兵士で片足がなかったりなどのエピソードも交え、ニャイ・オントロソとミンケを中心に、植民地社会にうごめく人々の姿や意識の流れが見事に描かれている。

著者のプラムディヤ・アナンタトゥールはインドネシア革命で投獄され、流刑の島ブル島の監獄で1975年本作品を書き上げた、いわば反骨の文学。
原題はBumi Manusia。版元は「めこん」。1978年の作品。

三津田治夫

 

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