本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

ウィズ・コロナの物流から見えてきた、仕事・価値・「個」の本質【第2部】 ~キーパーソン・インタビュー:エルテックラボ代表、菊田一郎氏~

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< 第2部:標準化、共有化、DX >
前回は仕事の自動化と機械化、そこから見えてきた仕事とAIの本質について語っていただいた。
また、ジャーナリストとしての菊田一郎氏の来歴について興味深い自分史をお聞かせいただいた。
今回はその続編として、第2部をお届けする。

モノと情報をシームレスにつなぐ、標準化への道のり

(聞きて:本とITを研究する会 三津田治夫 ……以下(三))
(三)
菊田さんは、アジア・シームレス物流フォーラムの企画運営をずっとされていましたよね。

(キーパーソン:エルテックラボ代表 菊田一郎 ……以下(菊))
(菊)
国内の物流効率化だけじゃなく、シームレスにアジアとつなぐというコンセプトで、物流側から新次元への問題提起をしようというフォーラムです。
「物流シームレス化」の根本にあるのは「標準化」です。電気のプラグとコンセントが標準化されていないとつなげない、コネクトできない。
物流・サプライチェーン全体の効率化、高度化には、つなぎあう、つながりあうことがキーワードで、個別最適化の時代ではない。
シームレスに国内、企業間、業界、業界間、そして国際へとつながりの輪を広げていく。
これが物流効率化の最終的な課題だというのが着眼点でした。

(三)
そのあたり、菊田さんのルポライター新人時代のご来歴(第1部)と関連している気がします。人と仕事を言葉でつなげるという。

(菊)
物流、サプライチェーンロジスティクスの標準化、シームレス化、これは今も相変わらず私の主テーマです。
物流がつながりあうためには、モノと情報とプロセス、この3つの標準化が必要なんです。
プロセスというのは、たとえば入庫検品から棚入れに至る作業工程=プロセスにおいても、今は企業ごと、お客さんごとに求められる項目や手順が違うわけです。
ある企業ではこの様式のこの伝票がいる、ここにハンコがいるなど……そうしたプロセスを各社同じにしてもらえたら、物流ははるかに効率化できます。
それをようやく統一したのがF-LINE(※注8)ですね。

(三)
プログラミングでいうAPIや通信のプロトコルの標準化に相当するのでしょうか。

(菊)
同じです。インターネットはTCP/IPで情報がつながっています。
それと同じことをモノ、物流でもしなければいけない。
フィジカルインターネットという世界にそれがつながっていくわけです。

モノの標準化ひとつをとっても大変です。たとえば輸送や保管で使うパレット。
物流において従来は、日本の一貫輸送用の標準パレットは「1100×1100mm」という正方形の規格が唯一のものでした。
しかし日中韓の物流大臣会合において三国間の一貫輸送用パレットを標準化しようという話し合いが行われました。
日本と韓国は1100のサイズを主張したのですが、中国はヨーロッパサイズの1200系、1200×1000mmというパレットサイズを主張したんです。
結果、国家間の取り決めで2つのサイズが日中韓の標準になることが決定されました。
それによって、今まで1100×1100mmしかなかった唯一の日本の一貫輸送用標準パレットJIS規格に、1200×1000mmというサイズがもうひとつできたのです。

(三)
他の地域、例えばヨーロッパにも標準があるのですか。

(菊)
ヨーロッパにはユーロパレットという標準があります。1200×800mmサイズなんです。
600×400mmという人がちょうど手で持ち抱えられるサイズが基準になっていて、これの倍が1200×800mmなんです。
そういった非常に体系化されたユニットの基準があることで、イギリスを除くEU国家間の物流が自由にできるんです。

日本でも1100×1100mmが相当浸透してきているとはいえ、実は一貫輸送用以外のJISパレット規格は合わせて7つもあるんです。
ビール業界は1100×900mmなど、いまだに業界ごとにパレットサイズも品質も素材も違う場合があります。
日本の悪い癖ですね。真面目で器用なのでつい個別最適化を進めてしまい、標準化・共通化の反対になってしまう。
企業や業界ごとに基準が違うことが、日本の物流コストが高い一因なんです。

(三)
私は新卒のとき、販売会社の情報システム部にいたんです。
情報システムってみんな個々ですから、独自に作り込むんです。
使い回せばいいのに、何をやってるんだろうと。

(菊)
WMSを知っていますか? 倉庫管理システム、ウエハウスマネジメントシステム。
倉庫のオペレーション全体を管理するパッケージソフトなんですが、標準化されたシステムをだいたいはそのまま、欧米ではみんな導入するんです。
日本はそれを基にはするんですけど、現場に合わせてカスタマイズしちゃって、全部一品生産になっちゃう。
だから個別のシステムが生き残っちゃったんです。今にいたるまで。

(三)
結局、高度な標準システムを運営開発するマインドが日本では希薄なので、AWSを使ったり、ワトソンを使ったり。
海外のサービスを使っちゃうんでしょうね。向こうはみんな標準を持っていますから。

(菊)
これは2025年の崖(※注9)、旧態依然の個別最適レガシーシステムをどうするの、といった話につながります。
標準化されていないからモノと情報の共有化ができないという問題です。
プロセスもみんな含んだ話なのですが、それが個別のままなので、標準化してコネクトしなければダメだよ、という話です。

(三)
実際にそれは産業界だけでなく霞ヶ関の人たちも協調しないとダメですよね。
コロナの給付金も、インターネットで募集してるのに全部プリントアウトしてやっているっていう。
これは未来に向かって、どうすれば変えられるのでしょうか。

(菊)
今期待しているのは、政府・内閣府が推進しているSIP(ストラテジック・イノベーション・プロモーション・プログラム(※注10)です。
そのうちスマート物流サービス(※注11)の取り組みでは、まず情報の共有化、見える化の話を一生懸命進めています。
社会実装することも大命題にしているので、あの枠組みで製・配・販、物の情報の共有化に向け、ルールを決める。
そして、みんながそれに乗りたいと思えるものになれば広がっていく可能性はあります。
まずは情報の標準化、共有化が必要です。

(三)
やはり自動化と標準化がキモですね。

(菊)
本当にそう思います。

第3部につづく)


< 語句解説 >

◎注8:
 F-LINE
加工食品業界の効率的で安定的な物流体制の実現を目的として発足したプロジェクト。共配開始に合わせ、サイズや複写枚数が異なる6社の納品書などを共通化した。現在では加工食品業界の共同物流会社F-LINE株式会社として、既存の枠組みを超えた協働体制のもとで食品企業物流プラットフォームを確立し、持続可能な加工食品物流体制の強化に取り組む。

◎注9: 2025年の崖
ブラックボックス化した既存システムが残存した場合に想定される国際競争への遅れや、日本経済の停滞などを指す言葉。2025年までに予想される、IT人材の引退やサポート終了などによるリスクの高まりなどがこの停滞を引き起こすとされる。
詳細は経産省「DXレポート」を参照。

◎注10: SIP(ストラテジック・イノベーション・プロモーション・プログラム)
府省・分野を超えた横断型の科学技術イノベーション実現のための国家プロジェクト、戦略的イノベーション創造プログラムのこと。
社会的に不可欠で、日本の経済・産業競争力にとって重要な課題を選定し、自ら予算配分して、府省・分野の枠を超えて基礎研究から出口(実用化・事業化)まで見据えた取り組みを推進している。
詳細は内閣府のホームページを参照。

◎注11: スマート物流サービス
内閣府が進める「荷物データを自動収集できる自動荷降ろし技術」に関する研究開発。
「戦略的イノベーション創造プログラム」の主要課題のひとつ。
荷物の基礎情報(サイズ・重量・外装・荷札情報など)、荷降ろし場所や荷降ろし時間といった情報を自動取得するとともに、荷降ろし作業を自動化する技術の確立を目指している。

*  *  *

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◎キーパーソン略歴:菊田 一郎(きくた いちろう)
L-Tech Lab(エルテックラボ)代表。1982年、名古屋大学経済学部卒業。
83年株式会社流通研究社入社、90年より月刊『マテリアルフロー』編集長、2017年より代表取締役社長。
2012年より「アジア・シームレス物流フォーラム」企画・実行統括。
06年より東京都中央・城北職業能力開発センター赤羽校「物流の基礎」講師、近年は大学・企業・団体・イベント他の講演に奔走。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える―メーカー・卸売業・小売業・物流業18社のケース』(白桃書房、共著)、『物流センターシステム事例集Ⅰ~Ⅵ』(流通研究社)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト『ロジスティクス・オペレーション3級』(社会保健研究所、11年改訂版、共著)など。
2017年より大田花き株式会社社外取締役(現任)。
2020年5月に流通研究社を退職。
6月1日に独立し、L-Tech Lab(エルテックラボ、物流テック研究室)代表として活動を開始。株式会社日本海事新聞社顧問、ラクスル株式会社アドバイザーなどを務める。