本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

書籍の企画書をつくるためのノウハウ③ ~読者ペルソナ編~

本の企画書づくりにおいて、目次づくりの次によく受ける質問は、「読者ペルソナ」である。
ペルソナとはあまり聞かない言葉かもしれないが、本来マーケティングの用語で、ここでは「読者像」のことを指す。ちなみにペルソナとはラテン語起源の言葉で仮面を意味し、古代ギリシャ演劇で演者が仮面をかぶって演じたことに由来する。

読者ペルソナ(読者像)づくりに話を戻す。
そもそも、なぜ読者ペルソナが必要なのだろうか。
端的に言えば、読者のいない本は存在しないからである。
天才の手にかかれば、思いついたことを書き出すだけで読者に向けた本ができあがってしまう。しかしたいていそうはいかず、とたんに筆が止まってしまう。

執筆に編集者や査読者が付けばその人が第一の読者になり、いわばペルソナの代役となるが、自分一人で本を書いてみようという人や、企画書を出版社などの外部に提出して出版活動を共にする仲間を探したいという人には、読者ペルソナの作成が重要である。
また、執筆の実行に際して、誰に向けて書いているのかがわからないと、迷走したり筆が止まることが多々ある。
その意味でも、読者ペルソナの作成は大変重要なのである。

読者ペルソナは「近く」から探す
では、見たことも会ったこともない読者のペルソナを、いったいどのように作り上げたらよいのだろうか。
マーケティングの手法で、イメージした人に近い人物写真をWebなどから探し出してきて、ビジュアルから浮かび上がった人格や属性、年齢、生活状況などを推測し、ペルソナを作り上げるというものがある。
しかしこの場合、往々にして写真探しがゴールになってしまったり、それっぽいペルソナができたのだが果たして本当に自分が書きたい本の読者なのだろうかと疑問が浮き上がることがよくある。

こうした疑問に対してしばしば、Webなど遠くを探すのではなく、「読者ペルソナは隣人から探してください」とお伝えしている。
会社の同僚や後輩、取引先、友人、家族、恋人、コミュニティの仲間などから選んだ「具体的な1人」を架空の読者とみなし、読者ペルソナとして設定するのだ。

私が専門とするIT書籍の企画書づくりにおいては、読者ペルソナ作成のベースの多くは、会社の後輩やコミュニティの仲間で、中には近所の主婦、というものまであった。これらは実際に出版した際、「会社の後輩やコミュニティの仲間が楽しみながら理解できる本」「主婦でも理解できるITの本」として、いずれも成功をおさめたという例もある。

このように作成した読者ペルソナのもう一つの利点として、隣人であれば企画書や原稿の査読をしてもらえる、があげられる。
たとえば、読者ペルソナのベースになった友人や家族、恋人に、企画書の案を読んでもらうとよい。
後輩や取引先などでも、上下関係が薄くフラットに対話できる状況であれば価値のある意見が手に入ることが多い。原稿の査読に際しても同様である。

読者ペルソナ作成は、抽象性と具象性の調整が重要
では、具体的に、隣人から導き出した読者ペルソナはどのようなものになるのだろうか。
前回も取り上げた、チューリップ栽培をテーマにした企画を例に取り上げてみる。たとえば以下のようになる。

●仮題:『超入門 チューリップ栽培』
●対象年齢層:20~70代の男女
●読者ペルソナ(どんな読者か):
・チューリップに関心がある人
・生き物を自分の手で育ててみたい人
・自分の部屋や庭をきれいに飾りたい人
・チューリップの美しさを人に伝えたい人
・ゆくゆくはビジネスに結び付けたい人

「年齢層」に関しては、「幅が広すぎるのではないか?」
「ターゲットは絞るべきだろう」という意見も出るはずだ。
しかし、これが商業出版の企画書であれば、広い幅の層に届く企画であることをしっかりとアピールすることが重要である。
理由は、本を読む人の数が決して多くはないからだ。
つまり、絞れば絞るほど、買っていただく人たちの数が減少するのである。
とはいえ、読者ペルソナをぼやかしてもよくない。
この辺の抽象性と具体性の調整がとても重要なのである。

「どんな読者か」に関しても、入門書にもかかわらず「ゆくゆくはビジネスに結び付けたい人」が入っている点に違和感を感じる人がいるだろう。
しかしここも、商業出版などで多数の読者を獲得したい際の、読者の幅と数を広げたいという意図が含まれている。
また、本を買う人の心には、なんらかのノウハウや新しい世界観を手に入れたいといった、向上心が伴っている。
そうした向上心を現実のものにするためには多大な時間と根気が必要になるが、それを「できた気」にさせる「夢」を与える材料が本である。

「現実にできないなんて、それはインチキじゃないか」という人もいる。が、本は本来、「できた気」と「夢」によって構成されている。読んでいただくとお分かりのとおり、世界一のベストセラーと言われている聖書は、まさにそれである。

本の執筆とは、読者に向けたラブレターを書く行為である
ここまでを一言でまとめると、読者ペルソナは不特定多数の遠くの人ではなく、隣人であるほうがよりリアリティが高まり、執筆を後押しする燃料にもなる。

「本を書くときには、好きな人にラブレターを書く気持ちで臨むとよい」とは、よくいったものだ。
いかに自分の相手(読者)への思いを伝え、自分はどれだけ相手を幸せにしたいか・できるかを語り、いかに相手の心をつかむかが最大化される作業が、ラブレターの執筆である。

皆さんもぜひ、本を書くことで、大好きな読者に夢を与え、自分の愛がこもったノウハウや考え、物語を、言葉を通して伝えていただきたい。

三津田治夫