
※季刊『大学出版』第140号[2024年11月1日発行](大学出版部協会 刊)からの再掲載です。
どんな読書会か?
私たちは開催場所から、本会を「飯田橋読書会」と命名している。
人とのつながりを通して未知の本と深くかかわろう、本の新しい可能性を探ろうと、編集者とITエンジニアを中心に2014年に本会を立ち上げ、現在は12名で運営が行われている。
11年目に突入した私たちの読書会を動かしてきた要素のいちばんは、中心やトップを置かないという活動形態にある。
形としては発起人のKNさんが中心となっているが、他人の指示で動かない・発言しない、マウントを取らない、認知バイアスを仕掛けないという、個人の内発性に重点を置いた活動形態だ。
本の読み方をあるべき論で語ったり、知識の深浅を指摘したりもいっさいしない。あくまでも、本をいかに自由に感じるか、感じたことをいかに自分の言葉で言語化するかを大切にしている。
こうしたことがいわば、ゆるいルールになっている。この会の立ち上げ当初は、「うんちく禁止」「評論禁止」をたびたび口にしていた。うんちくや評論の場はネットなど別にある。
一見ゆるく、ある意味厳しいルールを設けながらここまで続けてこられたのも、個人としての本への自由な接触を求めた人たちの化学反応が続いたからだと思っている。
選書から意見交換まで、意外な言葉が出現する。会の終盤には思いもよらない印象や結論が出る。そうしたことが毎回起こる。だから、読書会は面白い。
以下、私たちがこの10年で得た出来事や選書、印象深い本のこと、メンバーのこと、読書会の未来などを述べていきたい。
オンライン開催から合宿まで ~印象深い出来事~
印象深い会はいくつもあった。
まず、2020~2021年にかけて6回、ZOOMによるオンライン開催に切り替えたこと。オンラインで読書会ができるものかと半信半疑だったが、意外にも盛り上がった。そろそろいいだろうとオフラインを解禁した矢先、会のメンバーがコロナに罹患してしまったことは最大の危機だった。
コロナ直前の軽井沢合宿は思い出深い。
車3台で分乗し、HNさんが所有する立派な別荘にお邪魔し、読書会の後は周囲観光や散策、浅間山を眺望するホテルで温泉に入ったり、夕食は近所でイタリア料理を食べ、別荘に戻ってピンクフロイドを聴きながらワインやビールを飲んだりといった2日間だった。読書会という名目でオフライン活動のフルコースをメンバーと共有できたのは実に豊かな時間だった。ちなみにこのときの課題図書は、ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー(上・下)』だった。
文学から歴史・哲学までの異種格闘技 ~こんな本を読んできた~
2014年からの選書を56冊、以下に列挙する。
〇2014年開催
第1回『トランスクリティーク』(柄谷行人 著)/第2回『意識と本質』(井筒俊彦 著)/第3回『婆娑羅』(山田風太郎 著)・『異形の王権』(網野義彦 著)/第4回『台湾海峡』(龍應台 著)・『香港・濁水渓』(邱永漢 著)/第5回『五重塔』(幸田露伴 著)・『木に学べ』(西岡常一 著)
〇2015年開催
第6回『モモ』(ミヒャエル・エンデ 著)・『綿の国星』(大島弓子 作)/第7回『言葉の海へ』(高田宏 著)/第8回『人類の星の時間』(シュテファン・ツヴァイク 著)/第9回『忘れられた日本人』(宮本常一 著)
〇2016年開催
第10回『大衆の反逆』(オルテガ・イ・ガゼット 著)/第11回『方丈記私記』(堀田善衛 著)/第12回『方法序説』(デカルト 著)/第13回『堕落論』(坂口安吾 著)/第14回『イスラーム文化』(井筒俊彦著)・『イスラーム国の衝撃』(池内恵著)
〇2017年開催
第15回『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド 著)/第16回『ヴェニスの商人の資本論』(岩井克人 著)/第17回『山月記』『名人伝』『悟浄出世』『文字禍』(中島敦 著)/第18回『隷属なき道』(ルトガー・ブレグマン 著)/第19回『パイドロス』(ソクラテス 作)
〇2018年開催
第20回『サド侯爵夫人』(三島由紀夫 著)/第21回『現代議会主義の精神史的状況』(カール・シュミット 著)/第22回『見えない都市』(イタロ・カルヴィーノ 著)/第23回『最後の親鸞』(吉本隆明 著)・『歎異抄』(親鸞 著)/第24回『かもめ』(チェーホフ 著)
〇2019年開催
第25回『海上の道』(柳田國男 著)/第26回『山椒魚戦争』(カレル・チャペック 著)/第27回『ファスト&スロー』(ダニエル・カーネマン 著)/第28回『ぺてん師列伝』(種村季弘 著)/第29回『本居宣長』(小林秀雄 著)
〇2020年開催
第30回『ガリレイの生涯』(ベルトルト・ブレヒト 著)/第31回『人間・この劇的なるもの』(福田恆存 著)/第32回『生物はウイルスが進化させた』(武村政春 著)
〇2021年開催
第33回『ヴェニスに死す』(トーマス・マン 著)/第34回『孔子伝』(白川静 著)/第35回『現代経済学の直観的方法』(長沼伸一郎 著)/第36回『ギリシャ悲劇全集Ⅱ』(ソポクレス 著)
〇2022年開催
第37回『テヘランでロリータを読む』(アーザル・ナフィーシー 著)/第38回『新しい世界の資源地図』(ダニエル・ヤーギン 著)/第39回『巨匠とマルガリータ』(ミハイル・ブルガーコフ 著)/第40回『近代日本の陽明学』(小島毅 著)
〇2023年開催
第41回『舞姫・安部一族』(森鴎外 著)/第42回『世界史の誕生』(岡田英弘 著)/第43回『昨日の世界(Ⅰ・Ⅱ)』(シュテファン・ツヴァイク 著)/第44回『百年の孤独』(ガルシア・マルケス 著)/第45回『アラブが見た十字軍』(アミン・マアルーフ 著)
〇2024年開催
第46回『少年が来る』(ハン・ガン 著)/第47回『「空気」の研究』(山本七平 著)/第48回『覚書 幕末の水戸藩』(山川菊栄 著)
ごらんのとおり、選書にはほとんど脈略がない。
これには参加者たちの発言やマインド、立場を固定化させずに、会の活性化を図るという意図が込められている。
印象深かった4冊の本 ~評論、文学、歴史から~
上記のなかでも、とくに印象深かった本をあげてみる。
〇『トランスクリティーク』(柄谷行人 著)
「この作品を読破したい」が、読書会を立ち上げたきっかけだった。作家が書いたカントとマルクスへのラブレターともいうべき作品。当時の読書会記録がほぼないところが悔やまれる。これを機に再読してみたい。
〇『本居宣長』(小林秀雄 著)
「私と『本居宣長』」をテーマに語りあった。
知識至上主義に対する小林秀雄と本居宣長の本質的なあり方に疑問を投げかける発言が印象的だった。
「ある程度の知識量がないとどういう話かがわからないし、知識はやはり大事にしなければいけないだろう」「しかしこの本では“そうではない”という点が疑問」「知識がなくては読めないものに関し、最後の最後で知識を捨てろと言っているようなもの」
という意見が出た。
これに対し、「この本では、知識がなくてもよいとは言っていない」「小林も本居も圧倒的な知識を持っている。そういう人が言っていることに逆説がある」という冷静な反論があがったことが興味深かった。
〇『巨匠とマルガリータ』(ブルガーコフ 著)
「マタイの福音書をベースにした挿話は面白い」「聖書を理解していたらさらに面白そう」といった読書人としてのまじめな意見から、「面白かったが感動はナシ」「ストーリーとして拡がりが少ない」「解釈のしようがない」といった辛口な意見も。
対して、「マンガ的に、純粋におもしろかった」「これはまさに幻想文学」「展開にスピード感があった」「ブラックユーモアと劇中劇が面白かった」という率直な発言が多くあがった。
〇『覚書 幕末の水戸藩』(山川菊栄 著)
尊王攘夷運動の引き金になった水戸の大津浜事件に関連し『白鯨』のハーマン・メルヴィルが捕鯨船で日本近海に来ていたことや、山田風太郎の『魔軍の通過 天狗党叙事詩』には本作が相当の情報を提供しているはず、という議論が興味深かった。生き生きとした幕末像が水戸を通して鮮明に見えてきた。
上記4冊にとどまらず、議論が紛糾寸前になった本(『現代議会主義の精神史的状況』(カール・シュミット 著))や、肩透かしにあった本など、めぐり逢った本たちの印象を数え上げたらきりがない。
なお、読書会の記録はWebサイト「本とITを研究する」(https://tech-dialoge.hatenablog.com/)に掲載されている。興味のある方はこちらを参照していただけたら嬉しい。
会を支える12人のメンバーたち
どんな人たちがこの読書会を支えているのだろうか。
メンバーは現役や元現役の編集者、文筆家、組織人、経営者といった、個性的で魅力的な面々で構成されている。
誘蛾灯に集まる虫たちのごとく、よくもまあここまで集まったものだと改めて感心している。
以下、メンバーたちを紹介させていただく。
まず、本会発起人のKNさんは版元の元編集長。IT出版の黄金時代を構築された方である。私とともに第二の発起人のKMさんは霞ヶ関でシステムを構築するITエンジニア。膨大な知識と読書量をお持ちの方である。
第1回目の読書会から出席しているHHさんはIT版元のベテラン編集者。海外でのリアル話が豊富。HNさんは発起人KNさんの幼馴染で元大手広告代理店の責任者。メディアや芸能界の裏事情に精通している。
SKさんはIT書籍のベストセラー作家で、本読書会の論客。発言が最も手厳しい。KAさんは思想系月刊誌編集者を経て、大学系版元で文化民俗学系シリーズ書籍などを担当する若手編集者。
SMさんは理工系版元の編集者。本会の中で唯一森鴎外全集を読破した人物。KSさんはIT版元編集者を経て理数系版元を立ち上げた版元経営者であり編集者。
SMさんは版元でWeb制作やマーケティングを担当したのちに起業。日本文学にも造詣が深い才媛。YKさんは大手商社勤務。アジアや欧州など世界各国の留学歴が豊富な、アジア文化通の女子である。
KHさんは読書会を生業とする方。リベラルアーツ的な知識の操り方と、ITと教養のつながりを模索する実践家。最後に私は、システムエンジニアを経てIT編集者になり、独立。出版プロデュース会社で経営と企画・編集・制作に携わる。
この10年から見えた、読書会の未来
なぜここまで読書会が続いたのかメンバーと話し合ってみた。飲み会が楽しい、本との出会いや発見が新鮮など、漠然とした理由はあるが明確な答えは得られていない。
この点を私なりに解釈すると、自由を求める人たちによる、職業や組織の枠組みを超えた集まりであったところが大きい。
社会のオンライン化は日々加速し、半面、身体性は低下している。
スピード感やタイムパフォーマンスという名目のもと、行動や意思決定には絶えず速度が求められる。
しかしながら人間は身体と実存の生き物である。
100メートル3秒で自走することはできないし、寿命は頑張っても100年、1日の持ち時間は24時間しかない。成人の肉体が形成されるまでには20年近くの年月を要する。
本というボディを持った物体に刷られた文字を自力で読み、インプットされたものを脳内で自問自答し声帯で言語化、全身で対話するという作業の価値は、読書会でしか得られない。
自由とは自発的に自分の意志で考え行動することであり、自由を手にするには他者との連帯と共感が必要である。これは、生成文法の生みの親、言語学者のノーム・チョムスキーが2014年の来日時に上智大学の講演で語りかけた言葉だ。読書会という小さな集まりにおいても、こうした自発的な自由と連帯という構造のなかで空間が成立していることは実感する。
言葉と身体性という2つのせめぎあいは、おそらくこれからもまったく変わらない。
同時に、言葉と人の流通はますます激しくなる。
社会の変化はさらに加速し、人々は言葉と身体性との乖離に違和感を感じる。そして人々はさらに本を求める。
言葉と人の流通には従来のような巨大な組織や仕組みはもはや必要ない。
私たちの読書会のような人間系の小さな組織から、生成AIやDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)などITシステムを組み合わせた分散協調型の自律的組織まで、組織はより小さくなり、分散し、多様化する。そして限りなく組織の存在感は弱くなり、国家の境界は薄くなる。
進化と停滞を繰り返しながら、これからも私たちは人間の定義を塗り替えていくことであろう。そしてそれを実現するものは、いつの時代にも言葉である。言葉を万人に届ける実体は、これからも「本」である。そしてこれからも本は人と人をつなぎ、連帯のきっかけを生み出すのだ。
※本稿のPDF版はこちらから読めます。