本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

読みました:『アッカットーネ』(ピエル パオロ パゾリーニ 著、米川良夫訳)~戦争で荒廃した若者たちの群像劇~

映画『アッカットーネ』の脚本文学。
パゾリーニは世間の評価や一部の映画の評判、短い人生だけを見聞すると超異端の怪人だが、作品に接すると、まぎれもない天才アーティストである。
そうした認識転換のきっかけは、映画通の友人からDVDを借りたり、四方田さんの講演に誘っていただいたり同氏の評論に接することで得ることができた。
こんなきっかけがない限り、認識転換は起こりづらい。

それだけ、パゾリーニというアーティストには、表面と内実におそろしい乖離の幅がある。

『アッカットーネ』は主人公のあだ名でイタリア語で乞食という意味。
イタリアも日本同様敗戦国。盗難や売春を繰り返す、敗戦後のすさんだ若者たちの生き様を描いた群像劇だ。

残念ながら映画は観ておらず、観る機会がなかったので本作を読んだという経緯もある。
パゾリーニと出会うことがなかったら、敗戦国としてイタリアを見ることはまずなかった。自動車やオートバイ、ファッション、食べ物の豊かで明るい国であるという認識しかなかった。
敗戦国映画として『アッカットーネ』をとらえるなら、毛色は異なるが、根底に流れる思想が同様な日本映画に『仁義なき戦い』がある。

パゾリーニのイタリア敗戦コンプレックスの根底にあるものは、共産主義との出会いと敗北、フリウリという欧州辺境のマイノリティかつ性的マイノリティであった、というところが大きい。

映画や文筆のアーティストとして大成功しながら、パゾリーニの人生は毀誉褒貶の山で、政治的理由から53歳という若さで悲惨な死に方をしている。

いまという世の中に生きていたら、相当評価が変わった人物だと思っている。
ゆえに彼の作品に接すると学びが多い。


台本『狂った夜』、長編散文詩『イタ公・ねず公』も併録。
米川良夫訳の名訳と名あとがきは必読。

三津田治夫