本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

教養としての「文学」のすすめ

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7月3日(水)には勉強会「AI導入は出版業界を救うか?」を開催する。
5月10日のブログエントリーで書いたとおり、
登壇者の二人であるITエンジニアの三井さんと文学YouTuberベルさんとで、
事前MTGを実施した。
このときの議事録を読みながら、
本を巡った談話の勢いを反芻するように思い出していた。

書評とは本来読むもの。
しかしそれを動画に昇華したところが、ベルさんの独自性である。
読者として彼女は本への熱い愛を伝えながら、現代文学を中心に新刊の紹介に力を注いでいる。
7月3日(水)の「AI導入は出版業界を救うか?」に登壇される。
本好きのITエンジニア、もちろんノンエンジニアも、ぜひご来場いただきたい。

【7/3(水)開催】 出版を元気にする勉強会プロジェクト:「AI導入は出版業界を救うか?」
https://tech-dialoge.doorkeeper.jp/events/91523

今回は、私が「ITエンジニアにこそたくさん本を読んでもらいたい」という願いを、
たえずブログやSNSで伝えている意味を、以下でお伝えしたい。

ITエンジニアには、多様性を受け容れるマインドが必要となる。
それは、顧客が抱える多様な課題を解決するためである。
マインド形成のために、文学や哲学、歴史の本を読む。
それが最強のエクササイズになる。
近年はITエンジニアにも理研文系を問わない「教養」が求められているのも、
ここに理由がある。

言い換えると、教養は、顧客課題の多様性をキャッチするための傾聴力である。
ITエンジニアが技術的な知識を持つことは言うまでもない。
そのうえに、深い教養を身につけることで、
顧客に価値の高いサービスを提供することができる。

では、教養とはなにか?
それは、その人が持つ情報や興味、好奇心の範囲と、
その人の人間性が混ざり合ったもの。
そして、その人の知識と好奇心、人格が三位一体となったものである。
教養は、決してテストで採点できるものではない
(「教養検定」なる資格試験も出てきそうだが……)。
数値化はほぼ無理である。
暗記した知識やキーワードの数で示すことができないのが、教養である。

では、この教養の入り口に立つために最適な手段はなにか。
それは、本であり、文学である。
本は、作品として人の手で編まれている。
作家が構成を練り上げ、書き上げ、編集制作が査読し、作りこむ。
これは、本づくりの伝統的なスタイルだ。
メディアが紙であれ電子であれ、このプロセスを経て作りこまれた
アウトプットは強い。
そして、情報量が圧倒的に多い。
Webだけで教養を得ることはできない。
その理由が、ここにある。

哲学や歴史など、教養を手に入れるための本のジャンルは大量にある。
その中で、最も入りやすいのは、文学である。
なぜなら、読むことに専門性は不要だから。
さらに、さまざまな読者に読まれることが想定される。
それが、文学である。
もちろん、文学の幅は実に広い。
読者を選ぶ文学作品も山のように存在する。

書店で平積みされている作品でもよい。
また、文学YouTuberベルさんが紹介されている作品でもよい。
自分の感性に響いた文学作品を見つけ、手にとり、読んでいただきたい。
そこから、古典文学に向かったり、哲学や歴史に向かったり、
自分の方向性を定めればよい。

文学にはさまざまなものが含まれている。
愛や憎しみ、喜びや苦しみ、死や感謝、など。
人間そのものや、人間を取り巻く神羅万象を文字にし、
再構築を試みる。
そうした言葉の芸術が、文学である。

ITエンジニアにこそ、ぜひ、文学を通して、
人間の本質に触れてもらいたい。
人間の本質に触れたというフィルターを通して、
サービスを開発・提供していただきたい。
そこからさまざまなジャンルの本に広がり、
教養をさらに磨いていただきたい。
そうした挑戦の先には必ず、成長があり、未来がある。

7月3日の勉強会「AI導入は出版業界を救うか?」が、
そのきっかけになってくれることを心の底から期待している。

三津田治夫

 

当ブログ運営会社

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「言葉とはなにか」を鋭くえぐった名著:『グラマトロジーについて』(ジャック・デリダ著)(後編)

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「禅」に馴染みのある日本人には比較的理解しやすいかもしれない
「言葉には意味がない」を西洋の哲学者がこのように解明し、事細かに解き明かそうとするのだが、日本人にとってはおなじみの「禅」がすでに説明している。道元は『正法眼蔵』の中で、当時の中国で行われていた仏教信仰の腐敗を批判しながら、信仰とは権威やお経を暗記することではなく、自分の中に仏を発見することであると説明。その発見のメソッドとして座禅を提唱し、自分の中の仏はその人の中にしかない個別なものなので、それは決して言語化できない。只管打坐、ひたすら座り、ひたすら考えず、ひたすら黙することでしか、自己内部の仏にはアクセスできない。デリダが生まれる700年以上も前に日本の宗教家が言語の無意味さを力説していたわけだ。

おもにソシュールハイデッガーフッサールレヴィ・ストロース、ルソーの作品を読解し、それを精密にひもといていくテクニックが絶妙である。レヴィ・ストロースとルソーに関してはじっくり読んでみたくなってしまったほど、評論家的な才能もデリダにはある。とくにルソーについては『告白』から『社会契約論』『人間不平等起源論』などの代表作を多数取り扱い、本書の半分近くがルソーに関する記述に割かれている。
足立和浩氏による翻訳も大変な労作。理解を深めるための訳注が洋書並みに細かく入っている。上巻のあとがきもよくまとまっていて、数十ページで理解できる速習デリダ入門として読み応えがある。この方の仕事がなければ、いまの日本人が共有するデリダ像はなかったかもしれない。

* * *

デリダは「言葉には意味がない」を、本に書かれた「言葉」で解き明かそうとするのだから、それは大変な矛盾であり、また大変な冒険である。そのためにデリダは数々の書物(エクリチュール)にあたり、ひもとき、物事から意味の断片を取り出そうと解剖する。答えは出てこないのだが、その作業自体が冒険的であり、それゆえ日本の評論家や作家たちにも大きな影響を与えた。デリダの仕事を見てしまった日本の評論家や作家たちが、源氏物語平家物語など古代文学のエクリチュールから日本人の実体を知るという冒険に手を出したくなったのには納得がいく。

デリダの作品は複雑奇怪、刺激的、冒険的。物事の考え方や文体に、クリエイターならなんらかの触発を受けるので、読んでおいて損はない。『声と現象』は300ページぐらいの文庫になっていてとりつきやすい。デリダの雰囲気を感じられる作品なので、こちらもおすすめする。

(おわり) 

三津田治夫

 

当ブログ運営会社

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「言葉とはなにか」を鋭くえぐった名著:『グラマトロジーについて』(ジャック・デリダ著)(前編)

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マルクスと言えば『資本論』、カントと言えば『純粋理性批判』、デリダと言えば『グラマトロジーについて』というぐらいの大作、代表作。この本を読むために、フッサールの『現象学の理念』とハイデッガーの『存在と時間』を読んでいた。フッサールハイデッガーという二大西洋思想山脈を超え、その向こうにたどり着いたところが、デリダだった。

私たち中高年がデリダと聞くと、非常に高尚な人とか、頭がよくてアカデミックな人、生半可な知識で読んではいけない人、デリダを読んでいるってかっこいい、というような、「なんかすごい人」と響く人は多い。
実際にデリダを読んでみた第一印象は、もっと若いうちに読んでおくべきだったなあ、であった。また、文体や思索の展開が刺激的で、こんな大学教授がいるフランスってすごい国だとも思った。

大胆不敵にも「言葉には意味がない」を言葉で解き明かそうとした問題作
専門用語をなるべく使わずこの本が言わんとしていることをごく大づかみに説明すると、「言葉には意味がない」である。
言葉とは声を代替するもので、声は叫びや身振り手振りを代替する。叫びや身振り手振りは、なんらかの実体を代替する。代替するというぐらいで、言葉は声から音声言語、書き言葉になるほど、実体から遠ざかる。その意味で最悪な「死の言葉」を「代数」であるとデリダは言う。代数は声なき言葉、人間の声すら代替しないので「死」であるという。声を代替しない数式やプログラミング言語は完全に「死の言葉」ということになる。
言葉は、物事を単語や文に解体した諸悪の根源である。その最たるものがフランス語や英語、ラテン語などの表音文字だ。また発音においては音を区切る子音の存在も、物事を解体した悪者であると指摘。
「言葉には意味がない」をさらに言うと、世の中には「意味するもの」と「意味されるもの」があり、デリダに言わせると「世界はこれらの戯れで成り立っている」という。つまり、私たちが属している社会や目前のコーヒーカップ、太陽系や銀河系など、すべては「意味するもの」と「意味されるもの」の「戯れ」で成り立っていて、実体なんてどこにあるのでしょうか、という問題提起の本でもある。
こうした、答えを出さないという姿勢は、これって哲学だなと、読んでみて合点がいく。つまり、ソクラテスの姿勢である。彼の姿勢は、答えを教えることはなにもなく、ただ「無知であることを知りなさい」と人に教えるだけである。唯一教えるメソッドは、弁証法という思考の方法だけだ。本書には、書かれた言葉の無意味さをソクラテスが語る『パイドロス』からの引用も多い。

後編に続く)

三津田治夫

 

当ブログ運営会社

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映画化もされた情熱編集娯楽劇は面白い:『船を編む』(三浦しをん著)

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辞書づくりに人生を賭ける編集者やその周辺の人間を描いた感動の物語。
実に軽快な筆づかい。
編集者の仕事に関しては取材を重ねたはず。
編集者に関する描写の本質においてはリアリティが高い。

私が手がけているIT書籍の編集は、次元は違えど辞書づくりに近く、地味で、こつこつと積み上げていく作業。
こういった、社会の表層には表れえない地下作業的な仕事に焦点を当て、商業的な成果を残したというところにも、この作品の価値がある。

さっと読めるライトな作品ながら、編集者、馬締光也が職業人として成長する過程が、少ない紙幅で見事に描かれている。彼は現代のヴィルヘルム・マイスターだ。

以下の写真は、映画『船を編む』のロケに使われた居酒屋です!

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三津田治夫

 

当ブログ運営会社

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7月3日(水)開催「AI導入は出版業界を救うか?」のチケット予約販売を開始しました!

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7月3日(水)に神保町の日本出版クラブで開催する勉強会「AI導入は出版業界を救うか?」のチケット予約販売を開始いたしました。
すでに席が埋まってきているので、お早目の登録を、以下サイトからお願いいたします。

「AI導入は出版業界を救うか?」チケット予約販売サイト(Doorkeeper)
https://tech-dialoge.doorkeeper.jp/events/91523

前回のエントリーでもお伝えした通り、登壇者の三井篤さんと文学YouTuberベルさんとの事前ミーティングを実施し、非常に刺激的な時間を共に過ごしました。
どうしたら一人でも多くの人に本を読んでもらえるのか、どうしたらAIの力で本を読者へと着実に届けることができるのかなど、熱いディスカッションがなされました。
この詳細は、7月3日(水)の勉強会で共有いたします。

文学YouTuberベルさんは、ご存じの通り、YouTubeで本の魅力を存分に伝えるブック・レビューアー。オンライン/オフライン共に、本の魅力の伝達とその売り伸ばしには多くの実績があり、今後も作家さんや書店員との対話なども含め、本にまつわる多数の動画コンテンツを制作されています。

一方で、エンジニアの三井篤さんと橋本泰一さん、出版人の沢辺均さんからは、AIマッチングアプリで書店をコミュニティ化できないか、書籍を商材としてAI活用で他のビジネスモデルを構築することはできないか、ロボティクスとの組み合わせで棚管理を自動化できないか、翻訳データと原文データを解析させ機械翻訳の新しいモデルをつくれないか、など、AI・IT活用のさまざまな可能性を秘めたアイデアがあふれ出てきました。

この勉強会では、YouTubeというSNSによる本の価値の最大化、AI・ITという本の販売・営業・マーケティングを支える技術による本の価値の最大化という、2つの方向性から、本の未来を考えていきます。

ITエンジニアや出版人だけでなく、新規事業を考えている人、本が好きで仕方がない人、本の未来をいち早くキャッチしたい人、小さな書店やブックカフェを開きたい人、電子やオンデマンドなど新しいフォーマットを扱う出版社を立ち上げたい人などがこの場でつながり、出版大変革のこの時代において、他では得られない貴重な共体験が得られます。

ぜひこの機会に、以下チケット予約販売サイトからご登録いただき、ご参加ください。

「AI導入は出版業界を救うか?」チケット予約販売サイト(Doorkeeper)
https://tech-dialoge.doorkeeper.jp/events/91523

当日はお目にかかり、つながり、対話できることを、心から楽しみにしております!

三津田治夫

 

当ブログ運営会社

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7月3日(水)19:00~「出版を元気にするプロジェクト:「AI導入は出版業界を救うか?」~本とITを研究する会~」を開催!

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きたる7月3日(水)19:00~、日本クラブ会館(http://shuppan-club.jp/)にて、「出版を元気にするプロジェクト:「AI導入は出版業界を救うか?」~本とITを研究する会~」を開催いたします。登壇者は、以下の4名が決定いたしました。

・沢辺 均(JPO出版情報登録センター管理委員)…… 出版情報登録の立場から
・橋本 泰一(LINEエンジニア)…… 自然言語処理技術者の立場から
・三井 篤(シグフォス執行役員)…… 機械学習技術者の立場から
・文学YouTuberベル【ベルりんの壁】(https://twitter.com/belle_youtube)…… 読者の立場から

その事前ミーティングを、ITエンジニアの三井篤さん(写真右側)と文学YouTuberベルさん(写真中央)とで行いました。

自宅の3階がすべて書庫になっているという熱狂的読者の三井さんと、読者として文学を動画エンタメに昇華させ、リアル書店とリアル書籍の盛り上げに熱く活動を繰り広げるベルさん。

初対面の三人だったのに、もう何年も前から知っていたような議論が飛び交い、この場はたいへん盛り上がりました。

「本が好きで仕方ない」という一つのキーワードが、エンジニアと読者、編集者の各々の立場を、一つにつないでくれたに違いありません。

やはり、本って、素晴らしい!

7月3日(水)19:00~は、本勉強会、新たな気付きがありそうで、ワクワクします。

ちなみに、会の当日は、写真でベルさんがお持ちのサイン色紙を、ベルさんとのじゃんけんで勝った方1名様にプレゼントいたします。

詳細と募集告知は準備が整い次第、本サイトやDoorkeeper、SNSで実施いたします。
ぜひ、お楽しみに!

三津田治夫

壮大なテーマと詳細なデータで読者を「次世代の大使」へと導く、リーダー必読の啓蒙書:『海の歴史』(ジャック・アタリ著)(後編)

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後半は、海とともに人間がいかに生き残り、いかに成長するのかを提言する。
歴史や政治経済は組織のトップダウンで決めるものではなく、ボトムアップで個人が作り上げていくという姿勢を、著者は一貫して崩さない。
そのうえで、一人一人が人類の「次世代の大使」として生きよ、というメッセージを投げかける。
つまり、一人一人が海との共存を自覚し、利他的に生きることが、人類存続のための最善の生き方である。この著者の訴えは真剣に受け止めたい。

海とは、リーダを育てるインフラである
とくにこの本は、リーダーに向けて書かれている。著者は一人一人を、人生を自律的にコントロールして生きる「リーダー」としてとらえている。
海を主眼に生きることで、民主的で自律的なリーダーが育つと指摘する。
そして、「海に対して利他的に生きよ」と主張する。
海を人間のための手段として占有するのではなく、海を共有し、海を生かすために生きるのである。

ではなぜ、海を主眼に生きることでリーダーが育つのか。
海には死とサバイバル、権力があると同時に、海は生と冒険、大胆さ、自律、協調、自由を包摂する。
このような場で勝ち抜き、生き抜くにために、倫理観や生命観、大局観というマインドセットが育まれる。そのマインドセットのもとで、起業家精神イノベーションが生まれると著者は述べる。

そうした個人のマインドセットのあり方を出発点に、海のために国際社会はなにをなすべきか、国家はなにをなすべきか、企業はなにをなすべきかなど、海を守るためのソリューションが細かく提示されている。

スケールの大きな思考と知識が身につく
ここまで、本書の大枠を説明したが、膨大な史実と詳細なデータに関しては、この本を読んでご確認いただきたい。
そして、海による地球史・人類史・世界史を整理し、よりよく生きるためのインサイトを手にしていただきたい。
読み物としても実に面白く仕上がっているので、わくわくしながらスケールの大きな思考と知識を身につけることができる。

変化が激しく、多様性に富むいまの時代、リーダーを目指す人、すでにリーダーの立場にある人は、本書を読むことで、全体性を重視した視点と大局観が身につく。
そのうえで「次世代の大使」としてのリーダーシップに磨きがかかることは間違いない。

最後に本書から、著者アタリ氏の言葉を引用する。

「地球は、宇宙という荒波を漂う船のようなものなのだ」

三津田治夫

 

当ブログ運営会社

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