本とITを考える

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本やニュースを読みながら、ITの未来を考えていきます

日本ロボティクス黎明期の記録② ~フロントエンド・プログラミングの新しい形~

「UXデザインワークショップ」として、2016年7月、都内でPepperプログラミングのワークショップが開催された。

「ロボット演劇」を編み出した平田オリザさんの演劇・演出の手法が、いかにPepperプログラミングに有効かが、さまざまなワークと共に伝えられた。

Pepperはこうやって人間に近づく
http://www.sbbit.jp/article/cont1/32456

かつて、フロントエンド・プログラミングといえばWebプログラミングを指していたが、しばらくしてそこにスマートフォンタブレットが加わり、いまやドローンやロボットまでもが、「フロントエンド・プログラミング」の対象とされている。フロントエンド・プログラミングの定義は、これからも日々変化していくだろう。

日本におけるロボティクス黎明期の貴重な記録として、ここに共有します。

いまを予見する貴重な講演の記録。ノーム・チョムスキー教授が示す、人間のこれからあるべき姿 ~来日講演『資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか』に行きました~

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2014年、上智大学四谷キャンパスで、『資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか』(Capitalist Democracy and the Prospects for Survival)と題するノーム・チョムスキー教授の講演を聞いてきた。現代資本主義の崩壊やポピュリズム政党の出現、そして、AIが社会を取り巻く未来を予感させる、貴重な内容だった。2014年3月6日(木)の講演をここに記録し、共有する。人間のこれからあるべき姿のヒントになるはずだ。

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チョムスキー教授といえばプログラミング技術の核ともいえる「生成文法」の理論を確立した言語学者で、同時に世界平和を強く訴える政治活動家でもある。9.11のときの発言や行動を通し、もっとラジカルで激しい語り口のアナーキストと思いきや、実際には穏和で冷静に事実を語る好々爺という印象が意外だった。

1日目のテーマは言語学で、今回参加した2日目のテーマは民主主義の未来。ジョン・ロックアダム・スミスといった啓蒙思想家の話を皮切りに、新自由主義ネオリベラリズム)を冷静かつ痛烈に批判する。

チョムスキー教授いわく、『国富論』で「神の見えざる手」を説いたアダム・スミスは資本主義の礼賛者でもなんでもなく、彼ほど資本主義が没落していく姿を予見していた人物はいなかったという。その没落とは、富裕層と貧しい人の間に横たわる貧富格差の拡大で、スミスの予見していた没落は現代資本主義経済の枠組みにおいてすでにはじまっている。

世界経済に混乱をもたらした金融危機がまさにそれで、その犯人を「人類の未来よりも明日のボーナスを大事にする経営者と政治家、そして彼らの間で動くロビイスト」と指摘する。そして、高い失業率と烈しい貧富格差が常態化するアメリカ社会の現状を、「現代の奴隷制」と表現。ウォール街の金融業界を筆頭に圧倒的な富が蓄積され、一方で弱者は搾取され続けるというシステムができあがっている。そうした金融企業が倒れかかっても政府の支援で救済され、利益を手にして彼らは再び富を蓄積する。その支援に使われる原資は、他でもない、貧者から吸い上げた税金である。そして人々から自由を奪い上げる。そうした不健全な循環はアメリカを中心に世界を支配している。

講演のタイトルである『資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか』(資本主義的民主制と生き残りの見通し)に答える形で、チョムスキー教授は「このままでは未来の展望なし」と断言。それを避けるためには、自由に情報へアクセスできるいまこそ、個人は現状を認知し、連帯し、立ち上がること。いまこそ啓蒙の時代である。「産業革命の時代に現れた啓蒙思想に学び、行動しなさい。われわれはどんな生き物なのかと、いま、問われているのだ」、と締めくくった。

拍手喝采のスタンディングオベーションに続き、質疑応答が開始。普天間移転問題や福島の原発事故など、日本人が抱える問題への見解を巡る、さまざまな質問が飛び交った。
普天間移転問題に関しては「日本人自身の問題だから、自らの責任で解決すること」と、日本人の主体性を指摘。福島の原発事故に関しては、「東電が隠している情報の真実を知ろうとすること。また、代替発電の手段も確立すべき。ドイツにはそれができつつある。日本のテクノロジーが結集すればそれができないわけがない」と回答。
どれもこれもチョムスキー教授ならではの判断と示唆に富むものばかりだった。

私は何度も挙手を試みたが採用されず、学生さんが十分に質問してくれればそれでいいだろうと思っていた。しかし、最後の質問で幸運にもその機会が与えられた。そこで根本的なことを2点、教授に聞いてみた。
1つ目は、自由の問題。「チョムスキー教授にとって、自由の本質とはなんでしょう。自由という言葉は、日本人の間で共有できていないと感じているので。」という質問。
そして2つ目は、「そうした個人の自由を手にするためには、どういった行動と考えが必要でしょうか。」

前者に関してチョムスキー教授は、「自由とは本来誰もが生まれながらに持っているもので、それはルソーの時代から何百年も考え続けられた大問題である。自由とはつまり、他人からいわれたことでない、極めて自発的なもの。自分の意志で考え、行動する、それが自由」、と答えた。
そして後者に関しては、「他人との間に共感を生み、連帯すること。」

自由という、日常でも使われる言葉に対して明確な定義を耳にし、私は2つの両極な印象を得た。

一つは、自由とは、「大きな断絶の彼方にある。」
これを感じたのは、言葉の問題だ。「自由」という言葉を私たちは日常で使うが、その意味は欧米人との間でかなり異なる。日本人の考える自由とは、「自由気まま」や「勝手」といったものに近い。一方で欧米人の考える自由とは、個人の自由を保障する社会があり、そのために戦争や闘争を繰り返して力で得てきたもの、守ってきたもの。つまり、「自由」という言葉に対する体感がまったく異なる。

数年前、東西ドイツの統一を経験しその運動に参加していたドイツの友人に、市民参加型(民主主義なので市民が参加して当たり前といえば当たり前なのだが)のドイツの民主主義を問うたら、「日本に民主主義が入ってきてたかだか数十年。そうすぐに民主主義国家にはならないよ。ドイツの民主主義は運動や内戦を通しじわじわと時間をかけて市民に浸透してきたものだから。」といわれたのを思い出した。つまり、「自由」に対する体感が、日本人とドイツ人とではまったく異なる。彼らにおいては自由とは、身体の活動を通して手に入れ、守るものである。そうした体感が市民レベルでDNAに埋め込まれている。チョムスキー教授の発言から同様の印象を私は受け取った。

そして、その一方で得た印象は、自由とは、「すでに目の前にある。」
生まれながら持っており、自発的なものである自由は、日本人も持っている。ならば、「日本人の持つべき自由は、欧米人が持つ自由とは異なる」ということに気づく。自由が自発的なものである限り、「欧米式自由」の模倣で自由の実現は不可能だ。つまり、自由は自分で手にし、自分で守ること。かつて日本人が確立した自由へいたるメソッドの一つに「禅」がある。しかしこれは個人それぞれが持つ精神的な態度であり、西洋人の考える自由のように、個人の外部へと限りなく拡がり共有する自由ではない。あくまでも個人の自由にとどまる。これは、日本人と西欧人の宗教観の違いも起因するだろう。

しかし、自由を社会的に実現するソリューションとしての、「他人との間に共感を生み、連帯する」、という方法において、日本人はなにができるのかと考えさせられた。おそらく日本でも、SNSなどのネットの力がそれをになうのではないか。そのために個人は考え続け、対話を続けることが重要である。

しかしながら、いくら社会がフラット化しているとはいえ、ノーベル賞級の大学者さんに対面質問し、1,000円も払えばその人が書いた著作が手に入り(岩波文庫の『統辞構造論』は1,140円+税)、それをいつでもお茶の間や通勤電車の中で読むことができる。すごい時代になったものだという感動があった。時代の節目には(たとえば産業革命以降のイギリスやフランス、明治維新前後の日本など)、このようなこと(大変な人物や大変な出版物との出会い)が何度も何度も起こっていたはずである。

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講演が終了し、記念に著作を買おうと、行列の先頭に着くべく書籍販売コーナーに走った。出入り口の横で書籍販売のブースが設けられていたが、行列などどこにもなく、その場で買っているのは私一人。
あの質疑応答の熱さやスタンディングオベーションとの温度差の乖離に、ある種の肩すかしを食らったのは率直な印象である。

それにしても、素晴らしい講演だった。

チョムスキー教授、いつまでもお元気で、世界を啓蒙し続けてください!

※一部の写真はあくまでもイメージです。『統辞構造論』はまだ読んでいません。

日本ロボティクス黎明期の記録①

2015年、劇作家の平田オリザさんがpepperのプロジェクトにかかわられた件を東京藝術大学豊岡市の関係者に取材し、記事にしました。

志賀直哉にまつわる古風な温泉にpepperとは、なかなか風流なものです。
pepperプロジェクトの背景やその未来まで、本ブログ管理者が以下2本の記事にまとめました。

湯煙の町にロボットがやってきた!(1)~城崎温泉pepperプロジェクト~
http://online.sbcr.jp/2015/09/004113.html

湯煙の町にロボットがやってきた!(2)~城崎温泉pepperプロジェクト~
http://online.sbcr.jp/2015/09/004114.html

日本におけるロボティクス黎明期の貴重な記録として、ここに共有します。

セミナー/イベントは、共鳴と化学反応が起こる貴重な場 ~モーツアルトから得た考察~

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8月26日(土)に、本とITを研究する会第1回記念セミナー「AI(人工知能)ビジネスの可能性を考える」(https://goo.gl/74tiZf)を開催するが、それを踏まえて、ライブイベントにはどういった意味と価値があるのか、以下、考察してみた。

以前、エーリッヒ・クライバー指揮のモーツアルトフィガロの結婚』(1955年録音)ばかりを聴いていた時期があった。1993年録音のニコラス・アーノンクール指揮『フィガロの結婚』とはまったく異なる高い臨場感に改めて驚いていた。
これは、60年前の古い録音であるからではない。
古いことが優れているのではなく、この時代に優れた録音があったのだ。

とくに近年感じるのは、音楽や演劇といったライブ舞台芸術は、観客とプレイヤーが共鳴し合いながら共に育つ、ということ。

これを念頭に入れると、60年前にはいまほどのメディアがなく(舞台芸術を再現できるメディアは劇場映画のみ)、オペラといえばライブ舞台芸術の花形である。いまではどうだろう。街に出ればシネコンがあって2000円も払えば大画面大音量ドルビーサラウンドのCG制作映画が見られるし、ツタヤに行けば数百円でDVDが借りられるし、家に帰れば(機材さえあれば)大型液晶テレビホームシアターが待っている。またCSをつければ古今東西の映画やショーなどもろもろが見放題。気に入った音楽や映像はMP3プレイヤーに切り出していつでもどこでもハリウッド映画やオペラやドラマやあらゆるショーを持ち運ぶことができる。

エーリッヒ・クライバーが活躍した1950年代にはまったく想像もつかない次元にメディアは進化し、日々ポータブル化し、多様化してきている。

メディアがポータブル化し多様化しているということは、それだけ、作品の与え手と受け手の間で、メディアを介したやり取りが多くなったことを意味する。言い換えると、メディアを通したやり取りの多さに反比例して、作品の与え手と受け手の間でリアルタイムに発生する「共鳴」の機会が少なくなった、ともいえる。つまり、「ライブで」作品に触れられる割合が相対的に減ってきているのだ。

受け手(聴衆や観衆)はメディアを介して作品に接する機会が増えたことで、さまざまな姿勢や感情をもって何度でも自由に作品に触れることができる。しかし一方で、作品の与え手(プレイヤー、アーティスト)が持つチャンスは、録画の一回限り、録音の一回限り。メディアを世に送り出す一発勝負だ。つまり、作品の与え手は、メディアを通したある時点で、自分の作品を「固定」しなくてはならない。受け手には、メディアに接し、その都度自由な解釈や楽しみ方が許されているにもかかわらず、である。さらに掘り下げると、作品供給者としての「作家」は、楽譜や台本、原稿といったメディアをプレイヤーに提供する。そのメディアもまた、「固定」されている必要がある。

このように、メディアとライブとの間には大きな断絶があり、リアルタイムでの共鳴の余地はほとんどない。ゆえに作品の与え手は、固定されたメディアを作るべく、受け手との「共鳴を想像しながら」作品を構築せざるを得ない。これは、メディア作りの宿命である。

60年前のオペラの聴衆は、オペラに深い感動を受け、心躍らせ、プレイヤーはそれにリアルタイムで共鳴して演技や演奏の技能を高め、高いパフォーマンスを舞台に送り出した。エーリッヒ・クライバー指揮の『フィガロ』は古いから優れているのではなく、「聴衆との共鳴」があるから優れているのである。似たような例は、メンゲルベルク指揮のバッハ『マタイ受難曲』がそう。第二次世界大戦中オランダで録音された古い作品だが、聴衆のすすり泣きまでが音源に入った名演だ。これもまた、「聴衆との共鳴が創り上げた名作」にほかならない。

与え手と受け手との共鳴を失った作品は、もはや作品ではない。
だからこそメディアへの作品の与え手は、つねに、「受け手との共鳴を想像し、作品に織り込みながら」作品を構築する必要がある。

ビジネスやサービスといった「作品」も、これとまったく同じ。「受け手との共鳴をイメージし、織り込みながら」作品(ビジネスやサービス)を構築(制作、製作)する必要がある。
となると、受け手との共鳴をイメージするための材料が必要になる。その材料は、多ければ多いほどよい。

最も価値の高い材料は、受け手との相互接触だ。古くは電話やハガキがあり、いまではネットでのアンケートや窓口がある。しかし、ハガキや窓口もリアルタイムの「共鳴」を失ったメディアにすぎない。

最も価値が高く、情報密度の高い相互接触は、ライブである。最高の作品を世に送り出したエーリッヒ・クライバーメンゲルベルクの指揮は、ライブでのリアルタイムな聴衆との相互接触、相互共鳴の成果である。作品は、受け手とともに育つ。

同じように、ビジネスやサービスにも、ライブによるリアルタイムの相互接触、共鳴は、価値を育てる。ビジネスやサービスの価値は、受け手との対話によって育つ。

作品としてのビジネスやサービスの価値が参加者と共に育つことを夢みつつ、その場で共有した一期一会を、貴重な贈り物として、大切にしたい。

原爆投下日にあたり、ビキニ環礁で被爆した大石又七さんの講演メモ

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72年前、1945年の明日、8月6日、午前8時15分、核兵器が人類に初めて使われた。広島に原爆が投下された日時である。

それから9年後の1954年、ビキニ環礁で操業中の漁船、第5福竜丸が米軍の核実験に巻込まれ被爆した。

その模様と後日談は『ビキニ事件の真実――いのちの岐路で』(大石又七著、みすず書房刊、http://amzn.asia/60rX7Sm)に克明に記されている。丁寧に書かれた質の高い書物なので、一読をお勧めする。

2011年、原発事故の起こった東日本大震災の年の夏、埼玉県草加市立中央図書館において、ビキニ環礁被爆したその著者であり第5福竜丸の元乗組員、大石又七さんの講演に参加した。原爆投下日にあたり、そのときの短いレポートをここでお届けする。

ビキニ事件で亡くなられた乗組員の死因はすべて毒素の分解器官である肝臓のガンもしくは肝硬変であった。大石さんも肝臓ガンや肺腫瘍などを抱え、32種類の薬を飲みながら生活している。被爆の当事者であるご本人の発言は非常に重く、またご本人の柔らかい物腰と口調には物静かな気迫があった。

1954年の被爆の当時、「体になにが起こっているのか誰もわからない」という状態だったと大石さんはいう。出てくる症状に医師は対症療法を繰り返していた。

大石さんは当時を振り返り、こういう。「ビキニ環礁であれだけのことが起こっていたのに、科学者や政治家が調査に足を運ぶことはなかった。ビキニ事件が詳細に調べられていたら、日本に原発など作れるはずはなかった。なんで同じ過ちを繰り返すのか」と。

震災による原発事故に関し、ご自身の苦しい体験を通じて「ビキニ事件のときもそうだったが、人はメディアの言うなりで事実を知ろうとしていなかった。それが問題」という。

「科学者や政治家だけでなく、皆が、”いまなにが起こっているのか”を知り、調べ、伝えることが大切。過去にこれを怠ったことで、同じ過ちが繰り返された」とも。

言い方が悪くなってしまうが、大石又七さんは負の人間国宝として守られるべきだ。原爆ドームや資料館を残すことも大切だが、生き証人が語り部として、あってはならないことを伝え継ぐことこそ、本当の平和や安全の意識が人々の中に植え付けられるのではないか。大石又七さんの講演は、そう、私に強く思わせた。

参加者と「ストーリー」を共有するべく、コミュニティ第1回記念セミナーを開催します

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他人の共感を得て意識を共有するためにも「ストーリー」(物語)は大切。その人ならではのエピソードや事件が時間的な前後の脈絡でつながり、ドラマを織りなす。そしてドラマであるから人は共感する。

出会いと対話を通し、参加者と「ストーリー」を共有するべく、コミュニティ第1回記念セミナーとして「AI(人工知能)ビジネスの可能性を考える」を企画しました。→ https://goo.gl/74tiZf

「AI(人工知能)ビジネス」といささか堅苦しいタイトルですが、専門知識はいっさい不要です。人工知能が変革する世の中の「いま」を見つめ、「明日」を共有し、物語をお持ち帰りいただけたらと思います。

かつて、物語は作家や語り部という特殊な能力を持つ人だけのものだったが、SNS時代のいま、物語の共有はネットの万人に可能となった。人々が網の目のように個人の物語を共有するいまは、ある意味大変な時代だ。過去20年に起こった予想のつかなかった未来が、ものすごい速度で訪れてくると思うのは、私だけではないはず。

こんな未来に興味のある方々と、セミナーの会場でお目にかかれたら光栄です。

文学作品を読み、「共感力」を高める。『白痴』『堕落論』(坂口安吾 著)

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「小説を多く読むことが他人の心理状態の理解につながる」という研究成果があるらしい。文学作品を通じ、他者の考えについて想像することができるようになるという。

「共感の時代」といわれるいまこそ、文学作品の価値は高いといえる。いまの時代を豊かに生きていくためにも、文学作品を沢山読もう。

というわけで今回は、昭和の作家、坂口安吾の文芸作品『白痴』『堕落論』を取り上げる。これらは第2次世界大戦中の日本を舞台にした安吾の代表作。以下内容は、某月某日、都内某所で開かれた読書会の記録からお届けする。

安吾は女性を神格化したロマンチストだ」という、読書会メンバーの一人、某名門文学部出身の才媛M女史の発言が、この場の空気を一転させた。これは、安吾のほぼすべてを物語っている。

『白痴』は、戦時下の貧民窟で、知的障害を持つ女性が「肉体(身体)のみの女」として描かれている半幻想文学作品。女性の描き方からも表面的には女性蔑視と取られがちだが、安吾はそこに、肉体への神秘的な愛やあこがれを描きたかった。

私は副読本として『二七歳』を読んでいた。
これは、安吾の婚約者である作家、矢田津世子との出会いと死別までが描かれた自伝的短編。
安吾は旅館で知り合った仲居の女子やカフェの女給とすぐにできてしまいお泊まり旅行を気軽に繰り返すが、なぜか、矢田津世子には指一本触れない。
安吾は「別れ際に一度だけ接吻した」と告白しているが、それ以外、矢田津世子には指一本触れない。そんな幕引きで、安吾矢田津世子は別れた。

戦後、遺族から彼女が死んだことが告げられる葉書が舞い込み、『二七歳』は終わる。
安吾は、矢田津世子を最高の女と見ている(どんな容姿かは、検索してみてください)。
矢田津世子を神聖視しているからこそ、「彼女には指一本触れなかった」としている。
安吾のなにかのエッセイに、「矢田津世子の肉体に煩悶した」という記述があったことを記憶する。きっと彼は、まるで少年のように、妄想との戦いに苦しんだことが想像ができる。

安吾は女性を神格化したロマンチストだ」という、読書会冒頭での才媛M女史の発言が、ここでつながった。

『白痴』の中で、男の部屋に転がり込んできた女が、夜になり、男の布団の中に潜り込んできたが、指一本触れられなかったことに女が憮然としてしまうシーンがある。これには間違いなく、矢田津世子との安吾の体験が反映されている。

戦時下の日本を題材にしたエッセイ『堕落論』は、日本人は堕ちることで本質を見出せるはずであり、国家や制度、組織、軍隊というシステムではなく、この敗戦を機に日本人は「人間そのもの」に立ち返るべき、という論旨。

読書会では、当時は戦争という身体の危機にさらされていたが、「現代の危機はなにか?」という議論になった。

いまの日本人に最もリアリティの高い危機に「天変地異」がある。あとは、「起こりうるハイパーインフレ」という意見もあがった。これも安吾の論旨に立ってみたら、ハイパーインフレはシステムの問題であり、人間そのものの問題ではない。

ハイパーインフレが起こってすぐに人間が死ぬということはないが、精神的には深刻な危機が訪れる。金融の危機は、「もういままでの生活ができない」という、人間に対する未来への恐怖感を打ち出す。

とはいえ、見方を変えれば、いままでには存在しない「新しい生活」を選択するチャンスでもある。こう考えると、ハイパーインフレは大変な危機だという意識は、「敗戦したら大変なことになる、天皇制が崩壊したら大変なことになる」という、安吾の時代の日本人が抱いていた「危機」と、まったく同質ではないか。『堕落論』を読みながら、そんな話をしていた。

読書会のよくないところは、うんちく(知識のひけらかしあい)に終始してしまう点にある。
こういった弱点を回避しようと、今回は、各参加者の「本心」を言葉にしてもらうことにした。

ある意味本心をさらけ出すことは、気心が知れているとはいえ、大人の世界では危険が伴う。
内面からわき出た本心をあえてブロックし、世間が期待する自分、自分が期待する自分に「執着」して生きている大人は大多数だ。皮肉にもそれが「大人」の定義であったりもする。

しかしこの読書会は今回で13回を迎えたのだから、そろそろ自分という人間性の「内面」を共有してもよい時期なのでは、とも思った。

で、安吾の作品を読んで直感した、人生に対する本心の言葉として出てきたものは、「なるようになる」「これでいいのだ」だった。知的な男女たちが集まる場にしてはあまりにも素っ気ないというか、あまりにも素朴な発言に驚いた。

しかし多くの作品に触れて、「なるようになる」「これでいいのだ」という発言がこの読書会で出るというのは、非常に奥が深い。

人が自分の人生に対して「なるようになる」「これでいいのだ」と思えることは、最高の幸福だ。つまり、現在と未来に起こることすべてを受け入れている状況が、「なるようになる」「これでいいのだ」である。

どんな幸福も、どんな不幸も、事象として、ありのままを受け入れる態度。「なるようになる」「これでいいのだ」は、人間が執着から解放された、最も自由な状態ともいえる。

そんな意味で今回の読書会は、参加者全員の個人としての内面がはじめて表明された、貴重な会であった。

今回は読書会の様相を通し、昭和の文芸作品を取り上げた。

こうしたさまざまなエントリーを通して、本ブログが、書物とITの橋渡しとなり、「共感の時代」を生きるエンジニアやリーダーたちの糧になれば幸いである。