本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

日本文化を再定義した社会派歴史学者の古典名著:『日本文化史』(家長三郎 著)

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ネット社会の現代、史実が限りなく事実であることは常識になりつつある。しかしかつては、史実が露骨に作り上げられる時代があった。
戦前までの日本がその最たるものとし、そこに警鐘を鳴らしたのが本書である。1959年に初版が発刊された古典であるが、歴史とはなにかを知るには格好のテキストである。

日本文化を見事に再定義
家長三郎といえば教科書裁判で名を残した歴史的な学者。子どもたちに誤った史実を伝えることでまた軍国主義に戻ると政府へ警告を発し、その姿勢を一貫して崩さなかった人物である。

作者によると、縄文時代の「物質を材料とする造形能力の高さと、社会を形成していく人間的自覚の低さ」のアンバランスを古代日本人の特徴として指摘。現代日本人の「人間的自覚の低さ」を暗示している表現にもとらえられる。

彼岸や盆などの宗教的儀礼も「明らかに仏教の仮面をかぶった民俗宗教の儀礼」ととらえ、日本人は仏教を呪術の一つとして受け取り、鎮護国家思想も日本人の仏教に対する独自解釈の一環であるとしている。

一方、10世紀、唐や新羅渤海が滅び日本との国交が途絶え、いわば鎖国状態の日本において、「後人の容易に追随できない文化をつくり出した」ことを評価する。
日本独自の「かな」の発展が文芸に寄与したことや、物語文学の写実的な表現力は特筆に値し、その真骨頂に『源氏物語』が書かれたのは世界文学の中でも画期的な現象である。

新古今和歌集に対する評価は実に見事だ。
「言葉のあやと幻想の翼をひろげることによって人工的に作為された実体のない観念の産物であった。そこには現実の地盤を失いながらも、過ぎし日の栄華をまだ忘れきることのできぬ斜陽階級の、哀愁にみちた自負の精神があざやかにうつし出されている。」

長い年月をかけてまざまな局面から評価がなされる文芸作品を、歯切れよくひとことで解説することがいまでは当たり前だが、かつてはそうしてしまうことが「芸術を軽々しく扱うのか。けしからん!」ということで、一つのタブーであった。
それゆえ芸術や文化、歴史はオブラートに何重にも包まれ、その都度、人それぞれに解釈されるべきものだった。言い換えればそれは「科学的ではない」。それを家長三郎は、「最大の危機」ととらえている。

戦争で傷ついた日本人への深い愛
あとがきに「過去の日本文化の輝かしい伝統は、世界文化史の一環として、その生命を復活し、日本民族は独自の文化的伝統をもって、世界人類の文化の向上のために寄与することが可能となるであろう。」とあるように、この本は、戦後14年目にして上梓された「本当の日本の復興と世界への仲間入り」という、作者の日本人への深い願いがこめられた作品である。

当時の日本人は敗戦という強烈なナショナルヒストリーを共有しており、中華人民共和国の成立や朝鮮戦争、東西冷戦といった、「戦後」が長らく続いていた。「もはや戦後ではない」といわれたのは1956年の話で、家長三郎はこの言葉を耳にし『日本文化史』を書くにいたったのではないかと想像する。「いや、まだまだ戦後ですよ。みなさん、本書を読んで覚醒しましょう」というメッセージが投げかけられているように思えてならない。

こう考えると、2019年のいまも「まだまだ戦後」なのかもしれないし、あるいは反対に東西冷戦構造もなく、核の傘もなく、アメリカの日本に対する強烈な要求もなく、「とっくに戦後は終了している」ゆえに、日本人は放置状態になり、かえって行き先を見失ってしまっているのかもしれない。

第二次世界大戦以来長い年月、日本人が主体性を持って行動することは「危険」と見なされてきた。日本人が主体性を持った行為は、第二次世界大戦中に日本政府がアジア大東亜共栄圏において取ってきた行動原理であり、その行動原理をエンジンとして持った国家が敗戦へといたった点がその理由だ。

「政治力経済力以外の第3の力」が発生しつつある「中世」としての現代
では、いまの日本人は、どういった主体性を持って、世界の人たちを説得し、行動へと移すことができるのだろうか。

幕末や戦後に見られたような、社会を動かす強い問題意識と熱意、リスクに向かう冒険心と熱意、そして自律心は、いまの日本人からはあまり見られない。

このまま、経済的にも文化的にも斜陽な国家へと陥ってしまうのだろうか。
たとえばスペインやポルトガルオーストリアのように。
いずれもすばらしい国であるが、世界に大きな影響力を与える国とはいえない。
言い方を変えれば、高度経済成長がストップした成熟国家である。

いまの日本の長きにおよぶ停滞は、すでになにかが起こっている最中なのかもしれない。この停滞を「歴史が激変する生みの苦しみの時代、1000年スパンで起こる“中世”だ」という見方もある。

テクノロジーに目を向ければ、社会は日増しに膨大なデータと化している。
音声や言語、映像はすべてデータ化され、AIの力はそのデータを材料に、私たちの想像を絶する膨大なアウトプットを生み出している。
人間の情報そのものや空間までもがデータ化され、意識の共同体とされてきた国家や社会が、もはや「データの共同体」と言われる時代になりつつある。

日本と世界は、従来の政治経済以外の新しい「力」を求めて模索を続け、発見しつつある時期であるともいえよう。換言すると現代は、「政治力経済力以外の第3の力」が発生しつつある「中世」である。
家長三郎の古典作品は、そんな洞察を与えてくれた。

三津田治夫

書籍三題噺 ~本と本は次元の高いコンテキストでつながっている~

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『人生を変える心理スキル99』(岸正龍著、きこ書房刊)を読み終えた。

カバーイラストの軽さとは相まって、400ページ以上にわたって、フロイトユングなどの古典的な心理学から行動経済学までを広く取り扱い、実用的にすっきりしっかりとまとめられている。

実用性と学問性をバランスよく兼ね備えた稀な良書である。
各章トビラを開くと現れる、カバーに登場するアンドロイド少女と、作家の分身であろう主人公男子との成長の対話が面白い。

はじめはピンとこないが、後半に行くにつれて起業の物語になっている。
そのリアルな紆余曲折のプロセスがとても響く。

この写真には3冊が写っているが、これはいってみたら「書籍三題噺」である。
左の本はノーベル賞受賞学者チャード・セイラーの『行動経済学の逆襲』。
右側が詩人相田みつをの『にんげんだもの』。

『人生を変える心理スキル99』は行動経済学を実にわかりやすく紹介している。
また、チャード・セイラーは相田みつをの大のファンであるという(参考:http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4066/)。

つまり、一見脈絡がなさそうだが、

『人生を変える心理スキル99』
     ↓
行動経済学の逆襲』
    ↓
にんげんだもの

の3冊は、次元の高いコンテキストでつながっている。

本は、書店で置かれている棚が違っていたり、判型の違い、作者の置かれた本籍やイメージにより、受け手や読者が「こういうものだ」と規定している場合が多い。
しかしこうして、一段上の視点で書籍を見てみると、異なったつながりが見えてくる。

だから、本を読みたくなる
だから、本は面白い。

最後に、『人生を変える心理スキル99』は、著者の岸正龍さんからご献本いただきました。
お礼にかえてご報告いたします。

三津田治夫

1000人突破!感謝いたします。本とITを研究する会に向けて

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このたび、出版関係者やITエンジニアを中心に結成された「本とITを研究する会」のメンバーが、1000人を超えました。

本とITを研究する会
https://tech-dialoge.doorkeeper.jp/

加入していただいた仲間たち、イベントや勉強会、セミナーに参加していただいた仲間たちに、厚くお礼を申し上げます。
創設して2年と4か月が過ぎ、当初は数人だったメンバーがこのような形になり、継続することの大切さを肌で感じました。
これを機に、メンバーの満足度が高い大きなイベントを仕込んでいきたいと、気持ちを再確認しました。
今年は、7月の「出版を元気にする勉強会プロジェクト:「AI導入は出版業界を救うか?」 」を開催したように、そういった起点となる年だと感じてます。
メンバーの満足度が高い大きなイベントとは、いうがやすしで、会場が広ければよい、参加人数が多ければよい、とはまた違います。ほかならぬ、主催者の私がどう意志するかが最重要、と認識しています。

先行き不透明で不確実な世界とは言いますが、有史以来、私たちの先行きが鮮明で確実であったことは一度もありません。
先行き、つまり未来とは、不透明で不確実なものです。
だから不安だし、恐怖だし、夢があり、希望があるのです。
「先行き」に関して言葉にしてしまうといとも簡単ですが、実際にはもっと複雑に、私たちの心理にのしかかってきます。

こんな時代を楽しみながら、本とITを研究する会のメンバーともども、「一度の人生、生きていてよかった!」と言い合えるような場を提供していけたらと考えています。それこそが「満足度」ではないかとも捉えています。

このような思いも込め、以下イベントを企画させていただきました。

tech-dialoge.doorkeeper.jp

今年の振り返りと年末の思い出として、お気軽にご参加いただき、ぜひお楽しみいただけたら嬉しいです。

関連記事「12月13日(金)、「有楽町のナイトミュージアム観覧&相田一人館長の作品秘話に耳を傾ける夕べ」緊急開催決定!」

本とITを研究する会、いま、新しい出発点です。

感謝とお礼、ご報告を兼ねて、本エントリーを書かせていただきました。

これまで同様、ご指導ご鞭撻いただき、また、引き続き、本とITを研究する会のことを、なにとぞ、よろしくお願いいたします!

三津田治夫

【12/13(金)開催】「有楽町のナイトミュージアム観覧&相田一人館長の作品秘話に耳を傾ける夕べ」のチケット販売開始

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先日のエントリーでお伝えした、相田みつを美術館の夜間特別観覧と相田一人館長の特別講演のチケット販売、以下サイトから開始いたしました。

チケット販売サイト
https://tech-dialoge.doorkeeper.jp/events/100395

金曜の夜を、有楽町のナイトミュージアム相田みつを美術館で過ごしましょう。
ぜひご参加ください。

普段は17:30で閉館なのですが、相田一人館長のはからいで、閉館後、日中多忙である本とITを研究する会のメンバーのために、18:15から20:30まで開館いただき、講演もしていただきます。

編集者や出版人、作家さん、グラフィックデザイナーさんはもとより、新しいものを生み出したい人、新規事業の開発に携わっている人など、ファンのみにとどまらず、より多くの「生み出したい人」と、この場を共有できたらと思います。

美術館を設立・運営し、人々に作品を広めるという根気強い活動を続ける相田一人館長の言葉は、新規事業や新規サービスの提供を模索する企業人たちの心にも深く響くはずです。

相田みつをさんの知られざる作家像に触れることで、作品に対する見方がかなり変わると思います。
実際、私はそうでした。
なぜあのような作品が生まれたのかという背景を知ると、作品の見え方や響き方が変化します。

なにより、館内で、肉筆の、生の作品をご覧ください。
涙したり、ときには笑ったりなど、作品の持つ多面性に触れてみてください。
文字と言葉を通した、心との深い対話が発生するはずです。
そして、ものを作るとはこういうことなのだという、新たな気づきや驚きもあるでしょう。
ぜひ、お楽しみください。

当日は、会場でお目にかかれることを、心から楽しみにしております。

三津田治夫

12月13日(金)、「有楽町のナイトミュージアム観覧&相田一人館長の作品秘話に耳を傾ける夕べ」緊急開催決定!

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このたび、本とITを研究する会の特別企画として、作家の相田みつをさんのご長男で相田みつを美術館の館長である相田一人氏により、相田みつをさんの作品を囲みながら、作品のことや創作論、グラフィックデザイナーとしての活動など、相田みつをさんの魅力を余すところなく語っていただくことが決定いたしました。

そして今回は、相田一人館長の計らいで、閉館後に本とITを研究する会のメンバー限定で入館いただき、作品を観覧し、講演を聞いていただくという、またとない場を設けていただきました。

現在決定している事項を以下にお伝えします。
(詳細は、集客サイトができ次第追ってご連絡を差し上げます。)

●場所:相田みつを美術館 展示室(有楽町東京国際フォーラム地下1階)
●開催日時:2019年12月13日(金) 19:00~20:00(閉館:20:30)
●受付開始時間:18:15~
●入場料:3000円(税込み、入館料込み)
●チケット販売サイト:【12/13(金)開催】「有楽町のナイトミュージアム観覧&相田一人館長の作品秘話に耳を傾ける夕べ」 ~本とITを研究する会 大人の遠足特別編~ - 本とITを研究する会 | Doorkeeper

●会場URL:http://www.mitsuo.co.jp/museum/index.html


< 相田みつを(あいだみつを)プロフィール >
書家・詩人。大正13年1924年)栃木県足利市に生まれる。
旧制中学のころから書や短歌に親しむ。
その後「自分の言葉・自分の書」をテーマに、独自のスタイルを確立し、数多くの作品を生み出す。
昭和59年(1984年)『にんげんだもの』(文化出版局)が出版され、作品が広く知られるようになる。
平成3年(1991年)67歳で永眠。

< 相田一人(あいだかずひと)プロフィール >
相田みつを美術館館長。昭和30年(1955年)栃木県足利市生まれ。
書家・詩人である相田みつをの長男。
出版社勤務を経て、平成8年(1996年)東京銀座に相田みつを美術館を開館。
『じぶんの花を』『本気』『ある日自分へ』(文化出版局)、『いまから、ここから』(ダイヤモンド社)などの編集、監修に携わる。
著書に『父相田みつを』(角川文庫)『書 相田みつを』『相田みつを 肩書きのない人生』(文化出版局)がある。
平成15年(2003年)11月、東京国際フォーラムに新美術館をオープン。
現在、美術館業務の傍ら、全国各地での講演活動や執筆活動を行っている。


私がこの企画を考えた経緯をお話しします。
夏に偶然、私は相田みつをさんのこともよく知らず、相田一人館長の講演会に参加する機会がありました。
作品の解説や生前の音声や動画を見ながらの講演を通し、作家さんの意外な側面に触れることができました。
そして、一編集者として、心が深く揺さぶられました。

そのエピソードの一つが、相田みつをさんには詩作に10年、書くのに10年、延べで20年かけて作る作品もあるということです。
あれだけ短い文字を長年かけて紡ぎあげ、数えきれないほどの紙に書きあげ、一つの言葉、一つの思いに対して20年をかけるというのです。

また、ひらがなが多く、だれにでもわかりやすいあの作風は、決してひらめきではなく、仏典や短歌を徹底して読み込み、咀嚼し、換骨奪胎した結果だというのです。

ここまで言葉に命を懸けた人はいるのだろうか?
いまの編集者や出版人に、そういった思いはあるのだろうか?
出版不況の根幹には、言葉に対する感性の鈍りがあるのではないか?
そもそもものを生み出すとは、なんなのか?

これが、私の心が深く揺さぶられた大きな要因です。

このような思いを本とITを研究する会のメンバーと共有したく、また、言葉や出版、作品、文化に対する問題意識を共有したく、今回のような場を設けさせていただけたらと、相田一人館長にご相談したところ、ありがたいことに、快諾をいただきました。

美術館を開館し、運営し、人々に作品を広めていったという根気強い活動を続けられた相田一人館長の言葉は、新規事業や新規サービスの提供を模索する企業人たちにも深く響くはずです。

ここでしか聞けない内容です。

ぜひご参加ください!

三津田治夫

令和改元から半年、ベルリンの壁崩壊から30年周年を迎え、考えた「分断」と世界

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旧東ドイツ側から撮影した、東西世界分断の象徴である、ベルリン・ブランデンブルク門

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旧東ドイツの象徴的モニュメント「世界時計」(ベルリンにて撮影)

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ベルリンの壁の破片(実物)

令和改元から半年。
同時に、東西冷戦の象徴であるベルリンの壁崩壊から11月9日をもってちょうど30周年となる。
私としてはあっという間の30年。
あの、国家分断の歴史は、二度と起こしてもらいたくないと願っている。
しかしながら、時代はまた「分断」へと進みつつもある。
私はそこに危機感を覚えている、

先日、平成生まれの若者と話す機会があった。
元号改定に関し、「自分は平成生まれだから昭和のことまったくイメージつかない」と言っていた。
昭和生まれの私は、彼になにかイメージを与えられないかと、考えていた。

そこで私にふと落ちてきた昭和のイメージは、「東西冷戦」である。
平成生まれの若者にこれを話すと、「そんな時代があったのか」と、いささかおどろいているようだった。
確かに、平成世代の目から見たら、東西冷戦とは世界史の教科書に出てくる史実の一つでしかない。

私の昭和のイメージは「東西冷戦」だった
東西冷戦を簡単に説明する。
いまでは消滅してしまった「共産圏」という、ソビエト連邦を中心にした共産主義国家圏が存在していた。
ヨーロッパではポーランドチェコスロバキア東ドイツハンガリーユーゴスラビアアルバニアルーマニアブルガリアという、東側諸国が共産圏に属していた。
1989年11月9日のベルリンの壁の崩壊とともに、共産圏は事実上消滅した。
この東側の代表がソビエト連邦で、対する西側の代表がアメリカ合衆国である。

東西冷戦とは、言い換えると、共産主義対資本主義の戦いだった。
双方が武器を使わず緊張関係を保つ状態が続き、西側の仲間である日本でも、共産主義国家は敵であり、ソビエト連邦は秘密警察や粛清といった恐怖政治のい国である、という認識が多くを占めていた。
つまり、「ソビエト連邦共産主義=怖い」というイメージを日本人は持っていた。

昭和を過ごした人たちは少なからず、共産主義に対してネガティブな感情を持っている。
ソビエト連邦がなくなったいまとなっては、共産主義はほぼ人畜無害。
世界史の出来事の一つ、古典思想の一つである。

東西冷戦時代が残した、平等性とコミュニティ、シェアリングエコノミー
そのような歴史的背景を経て、いまではむしろ、共産主義が残していった考え方やライフスタイルを、私たち日本人はポジティブに受け入れている。

この点、昭和を生きた私の目からは、とても新鮮に映る。

たとえば、人種や性別の差別をなくそう、という考え方。
共産主義国家では、多人種の共存や男女の平等な労働機会が徹底して実装されていた。

もう一つは、コミュニティ文化。
いまでは世界中にコミュニティが偏在している。
日本でもごく普通に、コミュニティが数多くある。
組織や文化を超えた人間のつながりが当たり前になっている。
共産主義コミュニズムというが、これは語源を同じにしているからだ。

最後は、シェアリングエコノミー。
「共産」主義というぐらいで、資本やサービスは基本的に国家の財産で、それを国民がシェアする考え方で共産主義国家は運営されていた。
シェアリングエコノミーが存在しなかったかつての資本主義社会のように、強者が取り、弱者が取られる、という、弱肉強食構造の真逆である。
もっとも、共産主義は、こうした弱肉強食構造の打開策としてカール・マルクスが「資本主義の次にきたる社会構造」として編み出したものだから、資本主義社会が成熟するにおいて共産主義的な発想が織り込まれていくのは理にかなっているだろう。
そう考えると、150年以上先の未来を読んでいたマルクスという思想家は、大変な人物だ。

令和への改元を経て、昭和の冷戦時代を過ごした人間の一人として、上記のような時代と価値観の劇的な変遷を振り返ってみた。

情報統制や粛清、海外旅行の禁止など、共産主義国家は人びとを締め付ける恐ろしい政治を実施していたのは事実だ。
それを踏まえたうえで、このような、現在にも根付いた文化を生み出していたことは、ここではっきりと確認しておきたい。

人間同士が「分断」などを繰り返している暇はどこにもない
旧東ドイツの友人が、「統一後のドイツは住みづらくなった」と言っていたことを思い出した。
犯罪が増えたのが一番嫌だと言っており、私がドイツに訪問した2011年には、覚せい剤中毒の患者が教会の牧師の自宅に押し入り、牧師は一命をとりとめるという事件があったことを、この友人から聞いた。
共産主義国家は国民を締め付けた分、治安も保たれていた、ということだ。
自由と平和、安全は、つねにバランスを保って共存しているともいえるが、「締め付けの強化と治安の維持」という国家のバランスが崩れたことが、ベルリンの壁崩壊の最たる要因である。

逆から見れば、国家の締め付けの強化と治安の維持が、言い換えると、自由と平和の真逆の行為が、1961年に建設されたベルリンの壁と、その28年にわたる東西世界の分断である。

国家による「分断」の繰り返しはもうやめてもらいたい。
台風や地震などの天変地異、地球環境問題といった課題が、いまの私たちには降りかかっている。
人間同士が「分断」などを繰り返している暇はどこにもない。

こんな時代だからこそ、世の中の本質的な動きを察知し、対話し、学び、世の中にプラスの循環を生み出していきたい。

対話と学びの最強のツールは、本である。
そして、世の中にプラスの循環を生み出す最強のツールは、ITエンジニアリングである。

双方を駆使し、これからの不確実性の高い時代を、共に乗り越えていきたい。

三津田治夫

読書会の記録:職人たちが織りなす壮大な職業論を考察 ~『五重塔』(幸田露伴 著)~

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明治の作品ということもあり、また露伴の独特な文体もあり、いまとはかけ離れた言い回しの日本語や時代がかった思想から、わかりづらい、という意見もあったが、各人からさまざまな見解が飛び出し、興味に尽きなかった。
一つの本でも、読む人にとってさまざまな見解がある、ということを改めて感じた。

血の通ったものにこそ知恵が宿り、芸術が宿る
感應寺住職の朗圓上人がマネージャで棟梁の源太と大工の十兵衛のリーダーシップ物語であると私はずっと読んでいたが、いやちがう、マネジメントはどこにもない、古き良き日本のノスタルジーに過ぎない、十兵衛は本当に棟梁としてリーダーシップを発揮したのだろうか、彼は最後まで芸術家としての大工の域を出ていないのではないか、という意見など、私が思いもつかなかった見解がいくつも出てきた。

一つの結論としてわかったことは、『五重塔』は、十兵衛という大工が芸術家として五重塔を建設したという芸術至上主義が、この作品の根底を支えている、という点。
もう一つは、古い職人は「テクニック」を教えず、若い職人は古い職人の振る舞いやだめ出しを見聞きして盗む・判断するしかなく、現在の、情報としてナレッジを共有する、という感覚は乏しい、という話も出てきた。
そこで、テクニックを再現するには知識と知恵があり、知識はネットを介して情報として共有できるが、知恵は「身につける」ものだからそうはできない、という意見も出た。

それではどうやって現代のネット社会において知恵を共有するのだろうか、という疑問に、知恵こそ、読書会や勉強会、セミナーなどのオフラインの場で共有するもの、という一つの答えが落ちてきた。
人間は身体的な生き物であるから、メディアを介した情報だけではテクニックを再現できない。
オフラインで身につけた、血の通った「知恵」こそ、見直すべきである。
脳生理学で言う右脳(知恵)と左脳(知識)のバランスが重要、ということ。
双方が高度に連携して、はじめて、物が生み出される。

徹底して明治維新以降のパラダイムを排除した露伴のかたくなな姿勢が読み取れる作品
明治に生きた幸田露伴は当時の社会に違和感を感じており、『五重塔』のように、あえて江戸文学を模したようなアナクロな作品を残したのは、その違和感の象徴である。
作家として彼は、明治維新にも日露戦争にも懐疑的だったようだ。
売れっ子作家としてデビューした露伴日露戦争を境に、突然それまでのような小説を書かなくなり、和漢の史伝や考証を中心に独特の作品世界を築き上げていった。
いわば世捨て人としての典型的な芸術家で、食べ物も乏しい第二次世界大戦直後の混乱期に刊行された遺作は、芭蕉の俳句を扱った風流な作品だった。
雨が降ろうが槍が降ろうが、食べ物も住まいもなかろうが、芸術家はひたすら、芸術を追究するのみ。
そんな露伴の人生を見ていて、『五重塔』の十兵衛は露伴の分身では、とも感じてきた。

徹底して明治維新以降のパラダイムを排除し、和漢一辺倒、西欧にほとんど目を向けなかった露伴の作品を取り巻く世界観は独特としか言いようがなく、言い換えると、読んでいていささか疲れる。
それでも私が学生時代から露伴を愛読していたことには、なにか意味があると思っている。
そこで最近気づいたのは、自分自身、文化の中心は西欧であると子どものころから思っていた。
深層心理として、違和感を持っていたのだろう。

意図的に和漢の世界を作品に貫いた露伴は、極端な西欧化が進む明治維新以降の日本人に警鐘を鳴らしていたのに違いない。
今年の春、私が初めて台湾やインドネシア、韓国に足を踏み入れたときに得た衝撃と、はじめて露伴と出会ったときの衝撃にに、とても近いものがある。
ともに日本人としてのDNAが共鳴した、という印象だ。

今回の読書会で『五重塔』を再読しいろいろと思うところがあり、その他の作品にも手をのばしてみたが、『連環記』『観画談』が印象深かった。
いまの日本にはほぼ見られない、まさにアジアの文学。いつかこれらの本を取り上げられたら、と考えている。

三津田治夫

以下、プレゼン用サマリー画像をお届けする。

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