本とITを考える

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本やニュースを読みながら、ITの未来を考えていきます

セミナーレポート:「現役編集者による 人に伝わるライティング入門」(11月11日(土)開催)

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11月11日(土)セミナー「現役編集者による 人に伝わるライティング入門」( https://goo.gl/TbRGEj )を開催し、多くの方々にお集まりいただいた。ここでは、そのレポートをおおくりする。

参加者には、大学教授から法務関係者、Web制作会社の経営者、プログラマー、コンテンツマネージャー、サイト管理者、イラストレーター、大手企業の管理部門担当まで、多彩な職種の方々にお集まりいただいた。参加者からはさまざまな質問が飛び交い、書くこと、文章を世の中に送り出すことへの問題意識は、社会的にも高いことを痛感した。

◎セミナー資料より:「本」から見た文章の構造f:id:tech-dialoge:20171117191922j:plain

 本作りの手法をベースに、アイデア(企画)の出し方から文章の構造解説、文章の作成や校正・推敲の方法、スケジュール作成、共著・協業の方法まで、Webと紙に共通した「書く」技術の総合的な内容を、ワークも含めて2時間にわたり共有した。 

見出し付けや「文章からのノイズ除去」「字面の作り方」を学ぶ

会場からあがった声や反応から印象的だった内容をいくつかまとめてみる。

まず、「見出しワーク」を実施したこと。Webに掲載されていたある金融アナリストの文章に、「正しい見出し」を付けるというワークを実施した。

見出し付けの基本。その文章を読まずにも、見出しを読むだけで内容を類推できるものでなくてはいけない。その意味で「項」の最終段落には見出しの元となる文章が置かれている必要がある。その文章のサマリーが見出しとなる。

もう一つ会場から反応が多かったのは、「文章からのノイズ除去」である。これは編集手法の一つだが、たとえば「過去にこんなことがありました。私がロンドンに駐在していたころの話です。」という文章の「過去にこんなことがありました。」はノイズである。「駐在していたころの話」というだけで、すでに過去の話であることは自明である。

こうしたノイズ除去の作業で文章の長さが削減され、さらに、読み手の思考の文脈を乱さずに文章が読みやすくなる。そうした編集実例を見せた。

また「字面」(文字の見た目)についても参加者の関心は高かった。文章は読むものであり、また、ビジュアルとして見るものでもある。文章中に漢字が多いと字面が黒々となる。それを避ける意味でも、漢字を適宜ひらがなに直す(開く)。たとえば「物」を「もの」としたり、「何」を「なに」とするなど。これにより字面は視覚的に柔らかくなり、見やすくなる。それに伴い、読みやすくなる。

 文章の質を高めるには、「レビュー」にも効果がある

作文技術の説明の中で、文章の「レビュー」の重要性も説明した。専門性の高い文章(技術解説書など)では、書き手は専門用語や独特の文脈を持っている。専門家が読んでも普通に読める文章でも、一般人が読むと「行間が飛んでいる」ことで意味が通らないものも多々ある。そうしたことを防ぐために、文章のレビューは重要である。

文章は一般的に、中高生でも読める水準が理想とされている。可能であれば中高生に一度文章を下読みしてもらうこと。また、まったくの門外漢(たとえばプログラミングの解説文を主婦)に読んでもらうことで文章の質が高まることもある。

どんな人にどんな文章のレビューを依頼するかは重要である。また、出版やWebで文章を世に送り出す際には、レビューアーはその文章作りの貢献者として名前を謝辞などに掲載できる。これにより、「拡散」してくれるという利点も発生する。

差別表現には十分に気をつける

質疑応答では「書籍などのタイトルはどのようにつけるか?」という質問があがった。タイトルには「パロディ」や「ブーム」「かたち」という3つのパターンがある。「パロディ」では、たとえばスタンダールの『赤と黒』から加藤シゲアキの『ピンクとグレー』や、「ブーム」であれば『~力』や『~をすると~がすぐによくなる』『3つの~』など、「かたち」であれば書名としてカバーに文字を配置すると格好いいものがタイトルとして採用される、などがある。このように、タイトルには一定のフォーマットがある。

書籍やWebなどで見出しやタイトルを付ける際には、文章全体においてあってはならないものだが、差別表現に気をつけることも重要だ。昨今、差別の定義が大きく変化(LGBT、人種、宗教、疾患……)しており、そうした表現には敏感にアンテナを張り、作文時には注意を要することも説明した。

         *   *   *   *

セミナーを終えて再認識したことは、デジタル社会のいま、「書く」という行為は避けられないという点である。たとえ音声入力の技術が発達しても、「交わされる口語」と「記録される文語」の使い分けは必ず出てくる。その意味でも、記録される言葉、読まれる言葉を「書く」技術は、今後ますます求められることは間違いない。この技術の本質は、書く対象がデジタル(WebやSNSなど)であれ紙(書籍や雑誌など)であれ、まったく違わない。セミナーの参加者たちとの対話や時間・空間の共有から、それを強く感じた。文章の世界は限りなく広く、そして深い。
一人でも多く「書ける」人が増えてくることを、心から願う。

こうした学びや意識の共有の場は、これからも定期的に設けていきたい。

セミナーへの参加とご静聴、重ね重ね、ありがとうございました。

三津田治夫

情熱と実績から見る、詐欺師と英雄の境界線:『ナポレオン言行録』(オクターヴ・オブリ 著)

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ナポレオンとは毀誉褒貶に満ちた不思議な男だ。
男の中の男とか、英雄中の英雄、軍事の天才として、歴史の中に強く記述されている。
フランス革命後、封建制からの解放を旗印にヨーロッパ中を戦渦に巻き込んだ恐ろしい人物ではあるが、一方で攻め込まれたロシアでは市民が歓喜して迎えていたり、ゲーテは同朋民族が何万人も死んでいるのに賞賛していたり、評価が真っ二つに分かれるとは、まさにナポレオンをおいてほかにはない。

いったいこの人物は世界をどう見ていたのだろうか。戦争の口実としてしばしば口にされる、「遅れた人たちを解放してやる」という熱意に燃えていたのだろうか。
この英雄が島流しにあったセントヘレナ島を調べてみると、アフリカ大陸から実に2,800kmも離れている。日本での北端宗谷岬から与那国島までにに相当する距離。八丈島佐渡島の島流しとはまったく比べものにならないスケールだ。

敗戦国の司令官だから一般的には死刑だが、ナポレオンは、「自分には言葉として歴史を残す使命があり、自らイギリス人の捕虜になって生き延びることを選択した」、と語っている通り、負け惜しみとか泣き言の一切ない(女性関係以外は)、まことに英雄らしき英雄である。

彼が晩年に残した言葉がある。

「歴史家に勇気があるならば、当然認められるべくして認められなかった私の何らかの功績を改めて認め、歴史における私の役割を正しく評価せずにはいられないであろう。しかもその歴史家の仕事は容易であろう、というのは諸々の事実が語っているからである。諸々の事実が太陽のように輝いているからである。」

「俺が歴史だぜ!」といわんばかりの言葉だ。
この語り口で戦線布告したり、自分の辞書に不可能という文字はないと部下をぐいぐい引っ張っていったわけだから、人間の持つ情熱-言葉-実績は、いつの時代にも紐ついているということを証明している。

詐欺師と英雄の境目。それは、その人の言葉に実績があるか否かに、他ならない。

三津田治夫

現代西洋哲学の教養が楽しく身につく22年前のベストセラー:『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル著)

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全世界で2300万部を売り上げたいわずもがなのベストセラー。「これは面白い」という人が多く当時から気になっていたが、このページ数に圧倒され読むことを長らく拒んでいた。数年前ブックオフで100円で購入していたので、書架から取り出し、一気に読んでみた。

1991年ノルウェー原版刊、1995年に日本語版がドイツ語からの重訳として刊行された(池田香代子訳)。22年前の作品を古典というには微妙な古さだが、この本は古典としての1本の筋が通っている。

結論から言うと、これは「西欧思想史」の本である。これを読破した日本人は一体何人いるのだろうか? という第一印象を持った。いささか難解だ。著者の筆力で、かなりわかりやすく噛み砕かれているが、それでも、そもそもの概念自体が日本人には希薄で難しい。だって、西欧思想史だから。しかしあれだけ壮大な西欧思想史を、ファンタジー小説仕立てで、市民の理解力で読めるような作品として咀嚼し書き上げてくれたヨースタイン・ゴルデル氏の仕事にはただただ感服である。

ソクラテスプラトンアリストテレスからはじまり、イエス・キリストの出現、トマス・アクイナスによるギリシャ哲学とキリスト教の融合、ローマによるキリスト教の国教化、ニュートンコペルニクスガリレオによる宗教と科学の分離、そしてデカルトスピノザの登場による宗教と哲学の分離、などなど、西欧に2000年以上連綿と流れる思想の一大叙事詩が、実に見事に、面白く、謎の先生が少女に教え聞かせるというスタイルで語られている。

途中だんだんと、エンデの『はてしない物語』のようなメタ小説めいた内容になってきて、そこもまた面白い。後半400ページ以上を読み終え、ようやくカントが登場する。つまりカントは、「かなり最近の人」ということになる。この本の中でもとくに、カントとヘーゲルの話は「へえ、なるほど!」と、面白く読んだ。ヘーゲルに関し「彼はヘーゲル論というものを提示した人物ではなくはない。ものの“考え方”を提示した人物である」という解説には目からウロコが落ちた。マルクス唯物論もおもしろく読んだ。この本の後半を読むだけでも、現代西洋哲学の教養が手っ取り早く身につく。

ここのところ「教養ブーム」とはいえ、ご高齢の先輩方には「教養を手っ取り早く手に入れようなんて、けしからん」と怒られそうだが、では、マルクスの『資本論』やヘーゲルの『精神現象学』、ハイデッガーの『存在と時間』やフッサールの『イデーン』を全巻通読して教養を身につけなさいというのは、情報過多ないまの時代、かなり非現実的である(とはいえ、原典にあたる姿勢は非常に重要である)。『ソフィーの世界』は、いろいろな意味で、大きな刺激を与えてくれた書物だった。

それにしても、日本版のこういう本があってもよいのではないかと、読み終えて思った。物語仕立てでも対話調でもなんでもよいので、ともかく読みやすく、『古事記』『日本書紀』『万葉集』『源氏物語』『方丈記』『太平記』『正法眼蔵』『歎異抄』などのいにしえから中世までの日本思想、荻生徂徠、契沖、新井白石本居宣長など江戸の思想家、杉田玄白から福沢諭吉へと続く蘭学者、明治以降の西洋思想との出会いなど、文学・宗教・哲学を400ページぐらいの読み物にまとめたら、これだけ横断的な思想を抽象化してかいつまむには著者としてなかなかの力量が求められるが、かなり面白いに違いない。

ソフィーの世界』にはさまざまな刺激を受けた。西欧思想が数日で身につく学習的効果も高い名著だった。一読の価値は充分にあり。

三津田治夫

11月11日(土)に、「本とITを研究する会」第2回目セミナーの開催が決定

11月11日(土)に、「本とITを研究する会」第2回目のセミナーの開催が決定いたしました。
今回は参加人数を10名に限定し、分科会的な学びの場としました。
いまやITとは切っても切り離せない「ライティング」がテーマです。
書くことに対するお持ち帰りがいただけるよう、スタッフ一同準備を進めています。
以下が申し込みサイトですので、参加登録はこちらからお願いします。

tech-dialoge.doorkeeper.jp

皆様と再びお目にかかれることを、心から楽しみにしています!

混迷の時代に「大衆とはなにか?」を考える:『大衆の反逆』(オルテガ・イ・ガゼット)

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ネットにつながる大衆、街に群がる大衆、投票する大衆、列車に乗り込む大衆、旅行に大挙する大衆……。いまや当たり前に大衆の時代だが、それが認知されたのが20世紀前半。一世紀近く前の混迷の時代に書かれた書物から知恵を拝借すべく、某月某日、都内某所で開かれた記念すべき第10回目読書会のテーマは、オルテガ・イ・ガゼットの『大衆の反逆』だった。

読んでいて、彼の抱いた世界への強烈な危機感が、混迷の現代に生きる私たちの心にも強く響いてきた。
以下、本文から引用する。

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きわめて強力でありながら、しかも自分自身の運命に確信の持てない時代。自分の力に誇りを持ちながら、同時にその力を恐れている時代、それがわれわれの時代なのである。

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彼が言う「われわれの時代」とは『大衆の反逆』が発表された1929年。その上でオルテガは「いまや大衆の時代になった」と、古来から人類が望んでいた大衆の時代がついに到来したと主張する。お金さえ出せば誰もが食べたり、医療行為や教育が受けられる。国家は民主主義で運営され、社会の保安や個人の安全も保証されている。そうした現代社会が先人の努力で築かれたものではなく、当たり前で無条件に存在していると「無意識」に現実を享受する人たちが、大衆である。一般民衆のみならず、エンジニアや科学者、医師、財界人といった「現代のブルジョワ」もまた無意識な大衆であるとオルテガは定義づける。その上でオルテガは、こうした人類が古来から望んでいた大衆化社会が充足された時代こそ「終末に他ならない」としている。社会的責任や歴史認識に責任の希薄な「生の計画を持たない人間」である大衆が権力を握った時代と共に終末がやってきた、というのだ。

知識人と民衆をひっくるめ大衆を徹底攻撃するオルテガの姿勢は、時代背景を見るとよくわかる。以下、『大衆の反逆』が成立するまでの世界史を復習してみよう。

●1914年7月28日 :第一次世界大戦・開戦
●1917年 :ロシア革命ボルシェビキが政権獲得
●1918年11月11日 :第一次世界大戦終戦
●1922年12月 :ムッソリーニファシズム評議会を設立
●1923年11月8日~9日 :ヒトラーミュンヒェン一揆
1924年4月6日 :イタリア総選挙で国家ファシスト党が有効票の64.9%を獲得
●1929年 :『大衆の反逆』を発表(オルテガ46歳のとき)
●1932年7月 :国会議員選挙で国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が37.8%を獲得

第一次世界大戦終戦から10年を経て『大衆の反逆』が発表された。その間、大衆の支持によって成立したボルシェビズムとファシズムが世界に姿を現す。これらにオルテガは強い反感と危機感を抱いたのだ。ボルシェビズムもファシズムも古典的な支配・被支配の構造で成り立っており、これらは古代ギリシャ・ローマの失敗からまるで学んでいない。すなわち、ボルシェビズムもファシズムも、歴史的認識の希薄な大衆により生み出された産物である。

こんなのはまったくダメで、民衆は「生の計画を持つ人間」をリーダーに選び、高い意志を持ってリーダーとビジョンを共有し、リーダーに運命を託した「国民国家」の形成が必要であると、オルテガは結論づける。「国民国家」というキーワードでオルテガが声を上げたかったのは、「ヒトラームッソリーニは非常にまずいし、ロシアもかなりまずい。ヨーロッパの東と内部の双方から危機がやってきて、とてもよろしくない状況。だからヨーロッパよ、現実を直視し、立ち上がろうぜ!」である。『大衆の反逆』をもってオルテガは「ヨーロッパの覚醒」を呼びかけたのである。混迷の時代において彼は、時代に一矢報いるスペイン版のカントやヘーゲルになりたかったのに違いない。

彼の欧州中心主義の主張は、ヨーロッパで理想的な国民国家を生み、その成功事例を世界に示すという、高貴な志に基づく。作中では現在のEUを予言するような欧州連合の話が出てきたりもする。いわばこれは「未来志向」の本である。以下、本文から引用する。

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ヨーロッパ人にとって、時間は「これから」によって始まるのであり、「これ以前」から始まるのではない。
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東西ドイツが統一したときに大統領のヴァイツゼッカーは、「ドイツ統一によって世界は調和できるというモデルを欧州から発信する」と、歴史的な演説をしていたことを思い出す。その後のドイツはごらんの通り。ロシアやウクライナといった東方との外交問題、移民受け入れの問題、欧州での政治問題、歴史的問題、内外の複雑な問題は日本では考えられないほど山積し、未来は不透明だ。

明治維新以来日本人が経験したことがないような長期にわたる混迷と停滞の時代において、オルテガのような警鐘を激しく鳴らす言論人は登場しない。日本には論壇というものが存在しないのだろうか。いまはネットで世界中の言葉や映像がリアルタイムで詳細に閲覧できる(オルテガの時代にはまったく想像もつかなかった科学の大進歩)。発生した事実は生のまま共有され記録される。しかもそれらはアーカイブ化されていつでもアクセスできる。そんな時代だから、個人が目で見たり耳で聞いたりしたもので、判断が迫られる。それゆえに、言論にも宗教にもすがることのできない現代の日本人にとって、混迷は日増しに深まり続ける。個人レベルで見ても、不安にとらわれた人は多いし、心を病む人は多い。日本社会の構成員にそうした人たちが多いのが現実だ。オルテガの作品を通し、いまのわれわれの置かれた状況が鏡に映し出されたような印象だ。頼るべき言論も宗教もない現代の日本で、私たちはどうやってこの時代を乗り切っていけるのだろう。

そんな私の問いかけに対し、読書会のメンバーはただ「うーん」とうなるばかり。私も一緒にうなっていた。

最後にオルテガの言葉を引用する。

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人間の生は、望むと望まざるとにかかわらず、つねに未来のなにかに従事しているのである。
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三津田治夫

混迷の時代に「古典」を読む価値:『永遠平和のために』(エマニュエル・カント)

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「情報氾濫の時代」「ゴールの見えない混迷の時代」「リーダー不在の時代」などなど、いまの世の中、しばしばこのように表現される。
確かにその通りで、有史以来、時代の変わり目は必ず先行き不透明になる。
そんな時代に、時代を画す知性や知恵が現れるという意味で、ヘーゲルが言った「ミネルバのフクロウは夜飛び立つ」は、あまりにも有名な言葉だ。
いまのような時代の変わり目を読み解く材料として、今回はカントを取り上げる。
カントの作品でもページ数が少なく、また、昨今の国際情勢を鑑み、『永遠平和のために』を読んでみた。

カントが一貫して主張し、人間に要求するものは、「理性」と「幸福」の追求である。
そのためには「自律」をもって「自分の行動原理(格率)を普遍的法則にまで高めなさい」、という。
この大命題が、本書で語るカントの平和論の基盤をなす。

まずは戦争に関して。
歴史的に、「戦争をなにか人間性を高貴にするものとして賛美する。」という傾向があり、そこに、人間が戦争を起こす正当性の理論のベースにある、としている。

そして「宗教と言語による民族の分離」はえてして戦争の原因となりうるが、こうした分離には意味があり、決してネガティブな要因だけではない。すなわち、民族は分離しているからこそ、互いが競い、発展する動機になるのだ。

「互いの利己心を通じて諸民族を結合する。」

そしてカントのもう一つの主張は、「商業精神は戦争とは両立できない」という点。
この商業精神こそが、あらゆる民族を支配するようになると言う。
商業が支配する、現代社会を予言した言葉である。
しかし思うに、「商業精神は戦争とは両立できない」というカントの予言は外れてしまった。
以下は私の意見。

現代の商人は、戦争と両立できる商業精神を編み出した。
それが、武器商人の精神だ。
戦争はすればするほど、儲かる。
もしくは、戦争の脅威を人々に植え付ければ植え付けるほど、武器は売れる。
隣国が軍備を高めているという情報一つでイージス艦は売れるし、乱射事件が起これば拳銃火器は自衛のために売れる。
「軍備の拡大は論外」とカントは言うが、資本主義経済はそれを逆手に取り、商業精神と戦争を両立させてしまった。
消費なしに資本主義経済は成立しない。
その行き着くところが、最大の消費である戦争だった。
中東問題もリーマンショックもしかりで、ある意味資本主義経済も、21世紀において、限界に到達した。
資本家や政治家など、どれだけの数の権力を持った人間が、カントの次の言葉を現実として受け止めているのだろうか。

「汝の格率が普遍的法則になることを、汝が意志することができるように行為せよ。」

自分の行動原則に普遍性を持たせよ、ということだ。

この言葉を額面通りに受け取れば、武器を消費させ、武器を売買することで利潤の最大化を図るという発想自体、まったく成立しない。

人間は権力を持てば持つほど、このカントの言葉を冷静に理解するべきである。
彼のこの言葉を単なる理想と読むか、現実と読むか。

カントの言葉の読み方次第で、世界はまったく変わるはずだ。

三津田治夫

オープンソース黎明期の記録②:Perlの開発者、ラリー・ウォール氏独占インタビュー

 1998年、いまから19年前、Perlの開発者、ラリー・ウォール氏来日を記念してインタビューを実施した。ZDNet Japan(現IT Media)の記事として書いたその内容を、前回の基調講演の記事に続くものとして、アップしました。
 前回同様、コンピューティング世界史の一つとして、オープンソース黎明期の日本の様子を共有できたらと、ここに記事を再掲載します。

  * * * *

Perlの開発は一つのパフォーマンス」~ ラリー・ウォール自らを語る ~

 11月12日、都内のホテルにて行われていた「Perlカンファレンス」が終了した。Java対応の話や日本語の問題、またWindows NTで利用するPerl for Win32などと、従来のUNIXといった範疇でのみとらえることのできない、盛りだくさんの内容を取り込んでいた。また、あるカンファレンスでは、通訳者が手配できず英語のみでの説明となったが、急遽飛び入りで会場から通訳者が現れ、参加者が通訳を行うという一幕もあった。まさに“フリー”というか、Perlコミュニティの懐の深さや暖かさを味わうことができるカンファレンスだった。

◎インタビューに応えるラリー・ウォール

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 こういったPerlコミュニティの立役者、来日したラリー・ウォール氏にインタビューを行った。同氏はPerlの開発者であるが、また同時に、このコミュニティの雰囲気を作る担い手でもある。彼のような、カルチャーをまるごと持ってきてしまうような人こそ、真のエヴァンゲリストといえるのではないだろうか。

-- お会いする前の印象は、ちょっと怖い人と感じていましたが……

ラリー・ウォール
 それはどこでも言われます。各地を回っていると、まるで教祖でもあがめるような態度で接してきますけど(と、信者がひれふすジェスチャをとる)(笑)、いつも僕は言ってますよ。「普通の人間だよ」ってね。

-- Perlを開発したきっかけは?

 以前、国家安全保障局(National Seculity Agency)のシステムのサポートを仕事としていました。通信にUSENETを使っていて、レポートを添付して送信するするというシステムを作っていました。そこで作業を楽にする手段はないものかと考え、Perlが生まれました。

 いつも「Perlは僕の作品」といっている。まあ、アーティストと同じで、自己実現の手段の1つがPerlなのです。Perlの開発はパフォーマンスでもあります。

-- いままでの職業遍歴を聞かせてください。

 大学を卒業して、System Development Corporationという会社でコンパイラの設計をやったり、JPL(ジェット推進研究所)にもいました。ここではマゼラン計画に携わりました。あの計画は成功を収めましたね。最近の話題ではマーズパスファインダーがありますが、残念ながらこのときにはもういませんでした。そのあとは、ハードディスクメーカーのSeagateに買収されたNetlabにいました。

 転職を続けていて、義兄に「もう先はないよ」といわれましたよ。しかし2年半前、ティム・オライリーから、「うちの専任で、Perlコミュニティの面倒を見てもらえないか」という話がありました。それで、僕はここにいるわけですけれど。

-- システム管理に長い間携わっていたようですが、どうして1人のシステム管理者が、プログラミング言語/インタープリタ(*注)を開発できてしまったのでしょうか?

 僕はシステム管理者というより、言語学者です。大学では、初めは化学史と音楽史を専攻していましたが、音楽を続けるには、自分の時間のすべてをそれに費やさなければならないことがわかったので、これは断念しました。他にもやりたいことがありましたし。卒業したときの専攻は、言語学とコンピュータでした。おかげで8年かかりましたけど。

-- なるほど。そのような知識的背景があったのですね。しかし音楽とは意外ですね。ちなみに楽器はなにをやっていたのですか?

 おもに弦楽器、クラシックのバイオリンやギターをやっていました。2週間前には遊びでコンボドラムをたたいていました。エキサイティングだったな(笑)。

-- Perlの開発を、パフォーマンスとかアーティスティックな活動とおっしゃっていますが、実際に著作物を読んでいてもそれは感じます。『Perlプログラミング』は、読み物としても非常に面白いです。そこで質問ですが、Perlの開発や著作にインスピレーションを与える芸術や創作はあるのでしょうか? また信奉する哲学とかはあるのですか? このような才能はどこからきているのでしょう?

 とんでもない、才能なんてないですよ。『Perlプログラミング』の成功に関しては、ティム・オライリーが僕にヴィジョンを与えてくれたことが最も大きいと思っています。彼には感謝しています。Randal L. Schwartzとの共著になっていますけど、本文はほとんど僕が書きました。

◎『Perlプログラミング』の日本語版初版

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 インスピレーションについては、僕はいろいろなものに広く浅く興味を持っているから、そのあたりが反映しているかもしれない。あと、音楽は聴くことも好きです。クラシックですが、マーラーはいいね。あと、創作なら、トルーキンの指輪物語は好きですよ。哲学というと僕の場合、神学とほぼイコールになります。クリスチャンとしての常識的な考えは持っているつもりですが、キリストという人物についても興味を抱いています。キリストはいろいろなことに関心を持っていて、比喩的な語り口などはとても面白い。クリエイティブな人物だと思っていますよ。

-- Perlに対して、日本人独特の反応はありますか?

 ティム(オライリー)もいっていましたけど、来場者に女性が圧倒的に多いと感じました。サンノゼでは基調講演の来場者が1,000人以上いました。日本では全部で数百人でしたが、女性の数だけでみると、サンノゼの女性参加者と同じぐらい。これにはアメリカも見習うべきですね。

 あと、Perlの開発当初は、日本での普及は難しいと思っていましたが、Jperl(2バイト文字に対応したPerlの日本語実行環境)の登場とともに急速に普及したのは印象的です。

-- Perlというと、ウェブのホスティングやHTMLなどのテキスト処理用の言語として広く使われていますが、会計系の処理ではどのように使われているのでしょうか?
 会計系はパッケージソフトにまかせておくとして(笑)、近いものでは、株式や金融の市場分析モデルを算出するのによく使われています。

-- その理由はなんでしょう?
 とくにPerlは、ルーチンを拡張したり、調整したり、状況に合わせて処理を進化させることに優れた言語です。この点が理由だと思います。

-- そのほか、企業ではどのように使われていますか?
 やはりウェブ関連が中心ですが、ロボット系やネットワークスキャン、メールの一括配信などです。

-- ところで、余暇はなにをしていますか?
 最近は海水魚の飼育に凝っていて、水槽にハコフグを飼っています。合気道もやります。ちなみに子供たちには空手をやらせていますが。あとは、趣味でプログラミングもやりますよ。

-- どういったものを作ります?
 たとえば、電子メールや電話に、それぞれの発信者ごとに、着信すると奇妙なサウンドが鳴るような仕掛けです。あと、ハコフグの水槽のポンプを制御するプログラムも作りました。それぞれの家電がEthernetで接続されています。

-- 開発言語は?
 もちろんPerl! だけど、おもに使ったところはEthernetまわりですが。

-- Perlとインターネットのかかわりはどのように変わっていくと予測しますか?
 んん(と、苦笑しながら)、それには答えられない。それは、インターネットの未来を予言することと同じになるから。

 ただ、将来のPerl像というと、目下行っている、JPLJava Perl Lingo)によるJavaや、XML、COM、COLBA対応に最も力を入れています。

-- Perlはこれからもタダ(フリー)ですか?
 もちろん。

-- Perlのフリー文化と相対立するものにMicrosoftなどのパッケージソフトの文化があると思いますが、Perlとのかかわりはどうなっていくでしょうか?
 お互いはもっと協業関係を結ぶべきです。フリーウェアの文化は、インフラを自由に無料で利用できるというところにある。一方Microsoftは、インフラ提供でお金を取りたがっている。まあ、根本的な哲学が違っているわけで。フリーウェイは、東海岸は有料ですが、西海岸は無料。僕はカリフォルニア出身だし、インフラ利用には無料であることを支持します。

-- ありがとうございました。
 (最後に、ラリー・ウォール氏は鞄の中からごそごそと紙切れを取りだし、それを読む)

 DOUITASIMASITE!(笑)

◎インタビューの記念に、『Perlプログラミング』の本扉にいただいた直筆サインとラクダのスタンプ

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*注1:インタープリタ
 プログラミング言語の解釈ソフト。プログラミング言語は一般的にテキスト形式で書かれている。これを、CPUが解釈できるコード(いわゆるバイナリ)に翻訳するためのソフトウェア。インタープリタとはその1つで、実行時にプログラミング言語を1行ずつ読み込み、そのつど解釈する。PC関連の有名どころにVisual BasicやPostScriptがある。ちなみに、一括してバイナリに変換する解釈ソフトを「コンパイラ」という。

三津田治夫