本とITを考える

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現代西洋哲学の教養が楽しく身につく22年前のベストセラー:『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル著)

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全世界で2300万部を売り上げたいわずもがなのベストセラー。「これは面白い」という人が多く当時から気になっていたが、このページ数に圧倒され読むことを長らく拒んでいた。数年前ブックオフで100円で購入していたので、書架から取り出し、一気に読んでみた。

1991年ノルウェー原版刊、1995年に日本語版がドイツ語からの重訳として刊行された(池田香代子訳)。22年前の作品を古典というには微妙な古さだが、この本は古典としての1本の筋が通っている。

結論から言うと、これは「西欧思想史」の本である。これを読破した日本人は一体何人いるのだろうか? という第一印象を持った。いささか難解だ。著者の筆力で、かなりわかりやすく噛み砕かれているが、それでも、そもそもの概念自体が日本人には希薄で難しい。だって、西欧思想史だから。しかしあれだけ壮大な西欧思想史を、ファンタジー小説仕立てで、市民の理解力で読めるような作品として咀嚼し書き上げてくれたヨースタイン・ゴルデル氏の仕事にはただただ感服である。

ソクラテスプラトンアリストテレスからはじまり、イエス・キリストの出現、トマス・アクイナスによるギリシャ哲学とキリスト教の融合、ローマによるキリスト教の国教化、ニュートンコペルニクスガリレオによる宗教と科学の分離、そしてデカルトスピノザの登場による宗教と哲学の分離、などなど、西欧に2000年以上連綿と流れる思想の一大叙事詩が、実に見事に、面白く、謎の先生が少女に教え聞かせるというスタイルで語られている。

途中だんだんと、エンデの『はてしない物語』のようなメタ小説めいた内容になってきて、そこもまた面白い。後半400ページ以上を読み終え、ようやくカントが登場する。つまりカントは、「かなり最近の人」ということになる。この本の中でもとくに、カントとヘーゲルの話は「へえ、なるほど!」と、面白く読んだ。ヘーゲルに関し「彼はヘーゲル論というものを提示した人物ではなくはない。ものの“考え方”を提示した人物である」という解説には目からウロコが落ちた。マルクス唯物論もおもしろく読んだ。この本の後半を読むだけでも、現代西洋哲学の教養が手っ取り早く身につく。

ここのところ「教養ブーム」とはいえ、ご高齢の先輩方には「教養を手っ取り早く手に入れようなんて、けしからん」と怒られそうだが、では、マルクスの『資本論』やヘーゲルの『精神現象学』、ハイデッガーの『存在と時間』やフッサールの『イデーン』を全巻通読して教養を身につけなさいというのは、情報過多ないまの時代、かなり非現実的である(とはいえ、原典にあたる姿勢は非常に重要である)。『ソフィーの世界』は、いろいろな意味で、大きな刺激を与えてくれた書物だった。

それにしても、日本版のこういう本があってもよいのではないかと、読み終えて思った。物語仕立てでも対話調でもなんでもよいので、ともかく読みやすく、『古事記』『日本書紀』『万葉集』『源氏物語』『方丈記』『太平記』『正法眼蔵』『歎異抄』などのいにしえから中世までの日本思想、荻生徂徠、契沖、新井白石本居宣長など江戸の思想家、杉田玄白から福沢諭吉へと続く蘭学者、明治以降の西洋思想との出会いなど、文学・宗教・哲学を400ページぐらいの読み物にまとめたら、これだけ横断的な思想を抽象化してかいつまむには著者としてなかなかの力量が求められるが、かなり面白いに違いない。

ソフィーの世界』にはさまざまな刺激を受けた。西欧思想が数日で身につく学習的効果も高い名著だった。一読の価値は充分にあり。

三津田治夫