4月25日(水)、ビリーブロード株式会社神田イノベーションルームにて、「新規事業を次々と生みだせるようになる講座(基礎編)」が開催された。
このセミナーは今年の2月と3月に産業技術大学院大学で2日間延べ14時間にわたり開かれたオープンキャンパス研修のダイジェスト版としてプログラムされたものだ。
ビジネスを取り巻く「スタートアップは楽、成功は困難」という現実
スピーカーは産業技術大学院大学でも講師を務めたビリーブロード株式会社取締役小関伸明氏。
昨今、無料の高機能APIが利用できたり格安なレンタルオフィスが利用できるなど、低コストで新規事業を立ち上げる環境が整う一方で、立ち上げた事業を成功させることが日増しに困難になってきている。予測不可能で先が読めないVUCAワールドの中、企業は、顧客がなにを欲しいのかがわからない。同様に顧客自身も、なにを欲しいのかをわかっていない。テレビが4Kから8Kになろうがタウリンが1000ミリグラムから2000ミリグラムになろうが、そこから市場を動かすヒット作が生まれることはごくまれである。1970年代からバブル崩壊にかけて、数値や性能の比較において商品価値が判断された「比較の時代」は終わってしまったのだ。
◎講義をはじめる小関伸明氏そのような価値体系の転換をいかに捉えるかという、企業にとっての、手探りの時代に突入した。社内ではアイデアコンテストが開かれるなど新規企業を後押しする体制を作ろうとするが、既存の売上規模をどのようにしてリプレイスするかが追求され、事業計画のゴールが予算や計画の遵守へとぶれ、あれもやりたいこれもやりたいで他社からの周回遅れになったりなど、さまざまな要因で新規事業の立ち上げは頓挫する。立ち上がったとしても、顧客の求めるものとのギャップが露見し事業が中止となるという、残念なケースが少なくない。このようなジレンマを解決する策として近年実績をあげてきているのが、1990年代にハーバード・ビジネススクールのクリステンセン教授が提唱した「イノベーション」の理論である。
イノベーションの理論とは、事業開発において前出の「比較」や「リプレイス」「予算や計画を守る」というキーワードからは縁遠いものだ。一言で言うと、「顧客」とそれを取り巻く「状況」に焦点を当てる事業開発の考え方だ。ここで市場といわず「状況」といったのは、市場のような従来の価値基準で可視化できるものは顧客の周囲に存在せず、そこにあるものは顧客の心理状態や生活状態など、定量化・可視化困難な内面的なものも含まれた状態であるからだ。
日本の企業でも、イノベーションの理論に則り既存のものを伸ばすことと、新しいサービスを生み出すことの双方をマネジメントして成功した事例が数々ある。顧客に最も近いメンバーに決裁権を委譲することで新しいサービスを生み出すことに成功した「はとバス」や、顧客理解を徹底することで個人売買の精神的不安を解消することに成功したメルカリなどがその代表例だ。
成功した企業はいずれも課題は顧客に、つまり、課題は現場にあるという徹底した現場主義が貫かれている点が特徴である。
イノベーションの理論を支える3つの基盤
顧客ニーズが複雑化したからこそ、顧客の中に入って顧客のためのサービスを開発していく、という考えを体系化したものがイノベーションの理論である。これは社会心理学や「もの作り」などさまざまな知見で構成されているが、理論の土台を支える大きなものとして「デザイン指向」「リーンスタートアップ」「ジョブ理論」の3つがあげられる。
◎顧客の視点で問題解決する「デザイン指向」
「デザイン指向」では、顧客に対する観察と共感が重視される。そのために初期のターゲット設定が重要になる。事業提供者が顧客になったつもりで問題解決のアイデアからプロトタイプをつくり、リリースするという手順を追う。その名のごとくデザインの理論から出てきた発想で、プロダクト作りに向いている一方で初期に顧客が設定されていないと話が進まず、プロセスを動かすのに高い感受性とセンスが求められるなど、ハードルは決して低くない。
◎仮説検証を繰り返すリーンスタートアップ
2番目の「リーンスタートアップ」は、小さな事業の仮説検証を繰り返し、仮説に妥当性を発見できたらそこから事業を育てていく事業開発の考え方だ。アイデアは正しいのか、課題は本当にあるのか、ビジネスモデルは正しいのかを徹底検証し、ある段階でMVP(Minimum Viable Product)という実用最小限の機能を持ったプロトタイプを作成してリリースする、という作業を何度も回していく。その間の仮説に引っ張られることを防ぐために、「ミッション」と「ビジョン」の設定は最も重視される。行動の前に双方を設定することで、迷走せずに成果達成までの道のりを歩む。これは元々、リリースと修正を繰り返しながら品質を上げていくソフトウェア開発手法の「アジャイル」やトヨタ生産方式からきているスタートアップ技法で、事業開発の手法ではいま最もポピュラーである。
◎「人はドリルが欲しいのではない」の、ジョブ理論の比喩
最後の「ジョブ理論」は、「ジョブ」というキーワードに着目したもの。「人はなんらかの問題解決のために商品やサービスを雇用する」という理論である。顧客に雇われた商品やサービスは顧客の問題解決のために働いて(ジョブ)くれる。顧客の表面的な属性や行動ではなく、全体的かつ深層的なものに光を当てることで、顧客の持つ「課題」とそれを解く「ジョブ」を緻密にあぶり出していく。そのためにはもっぱら、年齢や性別などの定量的な情報を仕入れるのではなく、一対一のデプス(深い)・インタビューから定性的な情報を掘り起こしていくという手法が用いられる。
(後編に続く)