ウィーン世紀末文学の大御所、アルトゥール・シュニッツラーの最晩年の小説を読んだ。
この方の名前は知らずにも、スタンリー・キューブリックの映画「アイズ・ワイド・シャット」(『夢小説』)の原作者であるといえば、すぐにわかるだろう。
そして『女の一生』という書名のごとく、モーパッサンのそれを彷彿させる物語。
平凡な女性家庭教師テレーゼの一生を描いた1928年の作品。
テレーゼに関して、一言も「美しい」という記述はない。
しかしなぜが、彼女はとても、もてる、のだ。
さまざまな男性関係が彼女の心と体を交差する。
そしていつの間にか未婚の母になる。
職場で急にクビになったり、雇い主から不当な扱いを受けたり、現代のブラック雇用、もしくは弱小フリーランサーの元祖としてテレーゼが描かれている。
これは、1928年という、第一次世界大戦は終わり、オーストリア=ハンガリー帝国は解体し、ウィーン世紀末はもはやノスタルジーや「昨日の世界」以外のなにものでもなくなり、一人のオーストリア人が立ち上げた政党がナチスとして政権獲得へと急速に力を付け出した時代の潮目、動乱のはじまり、という過酷な社会背景だったからであろうか。
不安定な職に身を置きながら、テレーゼは別居する息子を養い、不満一つ漏らさず、気丈に生き抜いていこうとする。
しかし、彼女の中には、したたかさや強い向上心はない。
時代に流され、生きていくのみ。
そんなリアリズムが、本作の背景をなしている。
ラストがあまりにも、であった。
シュニッツラーという作家は、なぜここまで女性の心理を手に取るように描けるのだろうか。
男の私は疑問に思った。
シュニッツラー作品を女性が読んだ感想を、ぜひ一度聞いてみたい。