本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

9月9日、「わからない人に教えたい人のためのIT入門講座 『ゼロから理解する ITテクノロジー図鑑』出版記念セミナー」、盛況にて終了

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「わからない人に教えたい人のためのIT入門講座 『ゼロから理解する ITテクノロジー図鑑』出版記念セミナー」、盛況にて終えることができました。
「なぜITはわかりづらいのか」「IT苦手の人が多いのはなぜか」をテーマに、書籍のことからITの歴史、昨今のユーザー事情まで、90分お話しさせていただきました。
終了後の交流会もほぼエンドレスになりそうで、中断してしまい、申し訳ございませんでした。
いずれも、貴重なご意見交換、本音の交流ができ、私にとって大変貴重で、また、かけがえのない幸福な時間を共有することができました。
参加された方には、この場をもって、厚くお礼を申し上げます。
またこうした機会をまた持てたら、大変うれしいです。
一冊の本で人と人がつながるのは、いつも感動です。
『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』も引き続きご愛顧いただけたらうれしいです!

三津田治夫

『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』:MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店にお邪魔しました。

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MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店にお邪魔しました。
『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』、IT棚の目線にちょうどよい高さに面陳していただいています。
書店員さんの対応もていねいで、非常にありがたいです。
社会のITが加速する中、「聞くに聞けなかったITの基礎知識が抜け落ちていたことに気づいた」という方からの声をよく耳にします。
いままで「ITは常識」のような空気が流れていたのも一因だと感じます。
これからはリモートワークや電子決済などの「非接触」がますます増えます。
知っていると知らないとでは、仕事や学業、生活の質に雲泥の差が出ます。
「知っている」方が一人でも多く増えることをゴールに、この本を作りました。
編集制作チームが一丸となり丹念に作り上げた自信作です。
ぜひ書店にお越しいただき、手に取ってごらんください!

三津田治夫

『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』:紀伊国屋書店・西武渋谷店にお邪魔しました。

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紀伊国屋書店・西武渋谷店にお邪魔しました。
『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』、IT棚にきれいに平積みしていただいています。
書店員さんにていねいにご案内いただきました。
書店に訪れた人たちにていねいに接し、本をていねいに扱ってくれる書店員さんたちには、感謝以外にないです。
ニュー・ノーマルの時代、リモートワークや電子マネーの導入など、社会のIT化は一気に加速します。
ITのキーワードを知っていると知らないとでは、これからの生活の自由度に大きな差が出ます。
知ったつもりでスルーしていた人たちや、IT苦手感を持った人たちを一人でも減らせたらと、この本を作りました。
イラストたくさんの自信作です。
ぜひ書店にお越しいただき、お手に取ってごらんください!

三津田治夫

 

大人の夏休み一泊体験。つくばで味わった無邪気な夏の写真日記

8月某日、今後の地方分散社会を視野に入れ、東京近郊地方での生活とはどういうものかを知るため、一泊でつくばの田舎暮らし体験を試みた。

体験取材ということで一日目はいろいろと考えながら行動していたが、二日目は「楽しい」という純粋な体験・印象ばかりが残った。
先導してくださったのは株式会社C60代表の谷藤賢一氏。

秋葉原からつくばエクスプレスで40分から広がる田舎の世界は、なんともいえない異郷の風景である。
居住している谷藤氏は慣れてしまったというが、慣れすぎないよう、異郷感覚を楽しむことを意識しているとおっしゃっていた。

朝から駅に集合し、みらい平駅前の不動産屋で物件を見たり、大型ショッピングセンターを見学したりなど、田舎と都会が混在した不思議な感覚にいちいち驚いていた。 

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谷藤氏が「こども社会塾」の教室とする古民家を訪問。
宿泊もできるらしい。 

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古民家の裏側はカフェにするという。現在はそのためにDIY建築中であった。 

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みらい平の駅前には巨大なショッピングセンターがあった。 

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内地に移動すると昭和の香りが漂うゴルフクラブがある。 

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牛久沼の岬には弘法大師が訪れた由来のあるお寺が建立。 

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岬のほとりから、牛久沼の対岸を眺めてみた。 

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岬の食堂で注文した串カツ。実に美味だった。 

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牛久沼には人間を恐れない白鳥がたくさんいた。意外にでかい。 

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谷藤氏のご自宅兼セミナースペースで、スローライフセミナーを拝聴した。 

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セミナースペースには薪ストーブが備え付けられていた。 

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ストーブにくべる薪の、薪割を体験した。その模範演技を実施する谷藤氏。薪がきれいに割れたときの爽快感といったらなかった。 

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ご自宅の庭には巨大な天体望遠鏡が。土星の輪がくっきりと見えるらしい。残念ながら雨天にてこれを見ることはできなかった。 

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近所の雑木林にて。樹液に群がるカブトムシとクワガタ。甲虫マニアには垂涎の光景である。 

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木からはハチの巣がぶら下がっていた。 

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おそらく生まれたばかりのカブトムシ。機敏な動きで、元気に木にしがみついていた。 

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秋の味覚、栗がたくさんなっていた。 

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公営のキャンプ場が充実。残念ながらコロナ対策で入場には制限がかかっていた。 

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野菜の直売場。ここが実に安く、おいしい。
つくばの大きな魅力は、食べ物がうまいことである。

         * * *

新しい生き方と働き方が模索される昨今、都会の特性と田舎の面白さを選びながら生きていける。そんな強みも感じた。
そもそも田舎は土地が安いし、食べ物がおいしい。
東京という魅力が日増しに減退する昨今、さまざまな生活圏を視野に入れるのは、地方分散社会という未来に向けて必要な考え方だ。

田舎の風景は、テレビやインターネットでいくらでも手に入る。
重要なのは、体で感じること。

ブルース・リーの映画ではないが、「考えるな、感じろ」、である。

感じるとは、味わうことではないか。

人生の味わいという、お金や時間で換算できなかったものが、この、つくばの一泊取材を終えることによって、これからの社会の新しい価値として生まれる予感がしてきた。

三津田治夫

東京ステーションギャラリーにてバウハウスの歴史を観覧。付録:オスカー・シュレンマーのエッセイ『人間と芸術像』

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「開校100年 きたれ、バウハウス ―造形教育の基礎―」と題し、東京ステーションギャラリーで展覧会が開催された。9月6日(日)の最終日もそろそろ近づいてきたので、猛暑日、足を運んでみた。

f:id:tech-dialoge:20200823182533j:plain◎出口には実際に座れるマルセル・ブロイアーのパイプ椅子があった

チケットは日時指定のオンライン予約制で、引き取りと支払いはローソンかミニストップで行うという大きな制約があった。
それでも会場では観客の数が多く(休日の上野の美術館や博物館よりも多いか同じぐらいの人口密度)、正直、驚いた。とくに、若いカップルが多かったのが印象的だった。

f:id:tech-dialoge:20200823182641j:plainオスカー・シュレンマーの作品「脚を組んだ抽象的人物」
ホールの半ばでは、オスカー・シュレンマー(1888~1943)の舞踏、「トリアディッシェス・バレエ」の動画に見入ってしまった。ダンスと造形の魔術である。
「黄色」「バラ色」「黒」の3部構成、30分の作品で、YouTubehttps://youtu.be/mHQmnumnNgo)でも閲覧できる。
人間の「身体」に取り組んだというシュレンマーの紹介が記憶に深く残る。

いま、人々はアートに飢えているのか。あるいは、「開校100年 きたれ、バウハウス ―造形教育の基礎―」のマーケティングと宣伝の成功か。おそらく、双方だろう。

あの自由と知性、教養に満ちた創造性は、制約の多いまの時代から見たら、とても新鮮である。そして、学ぶことが多い。もしかしたら当時のアーティストも「こんなに制約の多い時代はない」と思っており、その反発としての創造性だったに違いない。

1918~1920年スペイン風邪が流行し、そのさなか1919年にバウハウスが開校したのも意味が深い。さらに1923年のミュンヘン一揆ナチスが活動を本格化し、1933年に政権を獲得。それと同時にバウハウスは解散させられている。ウイルス・芸術・ファシズムという世界史の三題噺を忘れてはならない。

最後に、関連記事と、昔私が訳したオスカー・シュレンマーのエッセイが出てきたので、掲載する。

◎関連記事
バウハウス ~引き継がれるべき、一つの歴史が終わったこと~
バウハウスを訪ねる旅(前編) ~ヴァイマール/ベルリン/デッサウ~
バウハウスを訪ねる旅(後編) ~ライプツィッヒ~

三津田治夫

 
『人間と芸術像』(オスカー・シュレンマー
劇場の歴史とは人間形態変遷の歴史だ。その「人間」とはすなわち、無邪気さと思慮深さ、自然性と芸術性の交換の中で、身体的・精神的な出来事の表現者だ。

形態変遷の手がかりとなるものは「フォルム」と「色彩」、つまり画家や彫刻家の持つ素材である。形態変遷の劇場は「空間」と「建築様式」といった、構築的なるフォルムの構造であり、バウマイスターの成果物だ。--このことを通じ、これら諸要素のインテグレーターと教育を受けた芸術家の役割が劇場という領域において成立する。

     * * *

われわれの時代の記号は「抽象」である。一方でそれは、できあがったある総体からの一部の分離として効果を与え、それにより分離自体に理不尽なものをもたらすか、あるいは分離を最大限にまで高めるかで、他方では一般化と抽象化において効果をもたらし、巨大なスケッチの中に一つの新しい総体を形成する。

われわれの時代の記号は「機械化」ともいえ、阻止不能なプロセスは生命と芸術の全領域をとらえて離さない。あらゆる機械化可能なものは機械化されうる。が、結果は以下の通りだ。つまり、機械化は不可能という認識である。

そしてとりわけ、われわれの時代の諸記号とは、新たな可能性である。それらは技術と発明により与えられ、そして完全に新しい前提条件を何度も生み出し、また大胆不敵な空想の実現をも許して希望を促す。

時代形成であるべき劇場は、とりわけ時代に制約された芸術であり、こうした諸記号の前を通り過ぎてはならない。

     * * *

「舞台」と一般的に把握されているものは総体領域とも呼ばれよう。それは宗教的礼拝と簡素な大衆娯楽の中間に位置し、その双方は舞台たること、すなわち人間へ与える効果を目的として自然を抽象化した「描写」とは異なる。受動的な観衆と能動的な役者からなるこのような対象は、壮大な古代円形劇場から広場に備え付けられた原始的な板組のものまで、舞台のフォルムをも決定付ける。集約への欲求はのぞきからくりを、今日では舞台の「ユニバーサル」なフォルムを作り出した。「劇場」は舞台の根本的本質を描き出す。つまり、役に扮することと仮装、変身である。宗教儀礼と劇場の中間に横たわるものを「ショーの舞台を秩序ある公共施設として見る」と、劇場とカーニバルの中間にはサーカスとバラエティが存在する。すなわち、ショーの舞台とはアーティストによる公共施設なのだ。存在と世界の起源からなる問題は、そもそも言葉とは、行為であるのかフォルムであるのか、あるいは精神とは変化なのか形態なのか、また感覚は事件なのか現象なのか、これらは舞台という世界においても生命を持っており、そしてこれらの相違を文芸的あるいは音楽的事件という「脚本または音響舞台」へと身を委ねる、光学的事件としての「ショーの舞台」である。これらの類としての代表者に登場願おう。つまり、言葉や音響の密度を高める役割としての「詩人」(作家もしくは作曲家)、自分の姿を使って役をこなす者としての「役者」、そしてフォルムと色彩において舞台像を作り出す者としての舞台「芸術家」だ。

これらの類のすべては自分自身を構成し、自分自身の内面を完成させる能力がある。2つないし3つすべての類による相乗効果は(それらにあって1つはリーダーたる必要があるが)、数学的精緻さにまで成功が見込まれる重量分配が問題となる。これらを実行する者とはつまり、ユニバーサルな「演出家」である。

(原典:Idealist der Form, Briefe・Tagebuecher・Schriften, RECLAM LEIPZIG、訳:三津田治夫)

バウハウス ~引き継がれるべき、一つの歴史が終わったこと~

32年間、毎年必ずクリスマスカードの交換をしていたドイツの友人のコリンナから、昨年はカードが届かなかった。
非常に筆まめな方で、なにかあったのだろうか、暑中お見舞いでも出して様子を伺おうかと考えていたら、あまりパソコンを使わない彼女から珍しくメールが届いていた。
開くと、6月に彼女のお母様(ガブリエーレさん)が亡くなられていたとの通知だった。89歳だった。昨年末から重度の痴呆症で特養老人ホームに入っていたとのことだ。

私はこのお母様と2度お会いしている。
1度目は23年前に東京で。
池袋で職業訓練校の教師をしていたというガブリエーレさんのお兄様と、コリンナとの3人で来日された。
2度目は2011年にライプツィッヒのご自宅で。
このときの訪問記は、以下ブログに記している。

バウハウスを訪ねる旅(後編) ~ライプツィッヒ~
http://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2019/01/30/205655

f:id:tech-dialoge:20200815161826j:plain◎雑誌に掲載されたガブリエーレさんの旧宅正面(※)

f:id:tech-dialoge:20200815161901j:plain◎ガブリエーレさんの旧宅、南側バルコニー(※)

1931年のお生まれだから、ワイマール共和国末期。
物心ついたときにはドイツはナチス政権下にあった。
かつてご自宅で診療所を営んでおり、お母様も友人もお医者さんという、代々医師の家系である(友人は脳神経外科医)。
ライプツィッヒ近郊の町ツヴェンカウにある自宅兼診療所は、バウハウスの建築家であるアドルフ・ラーディングが設計した建物で、老朽化していたがオリジナルをとどめた素晴らしい建築だった。友人の祖父が、アドルフ・ラーディングと友人関係にあったという。

f:id:tech-dialoge:20200815161956j:plain◎壁面にしつらえられたオスカー・シュレンマーの巨大な作品(※)

f:id:tech-dialoge:20200815162033j:plain◎階段にはオスカー・シュレンマーの壁画(※)

室内にはオスカー・シュレンマーの巨大な彫刻がしつらえられ、時価総額にしたら何億になるのだろうというぐらいの、芸術作品そのものの中に住まわれていたのが、このお母様と友人だ。

東西ドイツ統一後は、あまりにも建物の保守にお金がかかるので、旧西ドイツのバイヤーに売却し、友人母子はライプツィッヒ中心街のマンションへと移転した。
2011年にお伺いしたときにはお母様は非常に元気で、毎晩夕食を友人と三人で食べ、うちの息子と娘におやつや小物をお土産として持たせてくれた。私が送った子供らの写真を大事に持ち、なにかと子供らを気にかけてくれていた。
ライプツィッヒのご自宅にはオスカー・シュレンマーの版画・絵画がたくさんコレクションされていた。コレクションを私に見せながら、一つ一つ細かにエピソードを語る彼女の笑顔が、いまでも忘れられない。本当に芸術を愛する方だった。

f:id:tech-dialoge:20200815162112j:plain◎ガブリエーレさんの旧宅室内(※)

ガブリエーレさんが見てきたものは世界史そのものだった。
ワイマール共和国の崩壊、ナチス政権、敗戦、東西ドイツの分割、ベルリンの壁の構築と崩壊、東西ドイツ統合後の経済問題、人種問題、など、激動の89年間であった。
バウハウスの支持者として、インテリとして、彼女はナチス共産主義政権から決してよい処遇を受けなかったことは容易に想像できる。が、彼女から直接そういった話を聞いたことは一度もない。
少なくとも、彼女の娘である私の友人が、旧東ドイツ時代から私と32年間も手紙の交換を通して革命や自由を語り合っていたのは、この母親の血を引くからこそであろう。

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ちなみに、この友人の私と共通の知人もずいぶん前に亡くなっているから、これで二人目である。年齢には勝てないとはいえ、あまりにも残念である。
メールには死亡通知ともに、カフカの以下の言葉が添えられていた。

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ゆっくりと落ちていく陽を眺めている。
するとびっくり。急に暗闇になった。
フランツ・カフカ
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夕日のように人生を閉じられたガブリエーレさん、89年間、本当にお疲れさまでした。
どうかあちらの世界では、ごゆっくり、なさってください。
心から、ご冥福をお祈りします。

※出典:『HAEUSER』1990年1月号

三津田治夫

私の監修書籍『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』(プレジデント社)の見本が到着

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私の監修書籍『ゼロから理解するITテクノロジー図鑑』(プレジデント社)の見本が到着いたしました。
私がプログラマーとして編集者としてITに携わった29年間の総決算的書籍です。
2年越しの制作に粘り強く対応いただいた渡邉さん、岩崎さん、武田さん、成宮さん、お疲れさまでした。手作りの本づくりの底力が、読者や書店、同業者に伝わり、共感が得られることを願っています。プレジデント社の営業・業務の方々には丁寧にご対応いただき、心から感謝します。
正方形B5変形版で、手に取りやすくコンパクト、美しくまとまっています。
ITリテラシーを学ぶ第一歩の教科書として読んでいただけると嬉しいです。コ
ロナの影響でリモートワークの必要性が出てきたが「いまひとつ不安」な方は、本書が不安を解消してくれるでしょう。お子様や生徒さんから「ITってなに?」と聞かれたお父様お母様先生方は、本書を読まれることで返答に困ることはなくなるはずです。
ITの超入門書として、いままでにありそうでなかった本を作りました。
8月5日から順次配本されます。
書店でぜひお手に取ってご賞味いただき、お買い上げいただけましたら嬉しいです!

三津田治夫