< 第1部:自動化とAI、ジャーナリストとしての来歴 >
2020年、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により、世界はまれにみる大混乱に陥った。
緊急事態宣言やリモートワークの導入により街から人が消え、店舗は時短営業を余儀なくされ、閉店が相次ぎ、日常が一変した。
ヨーロッパでは都市のロックダウンや海峡の封鎖が行われ、アメリカでも市民の暴動などの混乱が起こった。
これにより人とモノの移動・接触という日常生活の行動に制約がかかり、経済活動は大きな打撃を受けた。
この顕著な打撃に、人とモノの移動をつかさどる産業、物流の世界も襲われた。
そんな中、外出に制約がかかった分、私たちの物流への依存度はさらに高まった。
コロナ禍による経済停滞の中、物流の世界を通し、仕事やお金、生き方をめぐるさまざまな本質があぶり出されてきた。
今回は、エルテックラボ・物流テック研究室代表のジャーナリスト、菊田一郎氏をお招きし、「ウィズ・コロナの物流から見えてきた仕事・価値・「個」の本質」をテーマに、3部に分けてお話を聞かせていただいた。
自動化は人間から「尊厳ある仕事」を奪うのか?
(聞きて:本とITを研究する会 三津田治夫 ……以下(三))
(三)
新型コロナウイルスの影響で社会は一変しました。
先日、私が主宰しているコミュニティのリモートディスカッションに参加してくださった、ホームレス支援をされている方の話が印象的でした。
炊き出しをしていると、今まで見たことがないような人が来るようになった、と。
スーツを着ている人や家族連れといった、前日まで一般的な生活をしていたとしか考えられないような人がやって来る。
世の中は本当に激変してしまったのだ、と再認識させられました。
菊田さんは世の中の変化を物流の視点から長年見られてきたと思うのですが。
今回はこれまでに見たこともないくらいすごい、ということでしょうか。
(キーパーソン:エルテックラボ代表 菊田一郎 ……以下(菊))
(菊)
そうですね。
コロナ禍で仕事がなくなった人もいらっしゃって大変だと思うのですが、物流業界は以前からずっと人手不足が続いていたので、時給は上がっていたんです。
ドライバーの時給も上げないと来てくれない、とくに繁忙期は。だから大問題になっていたんです。
去年(2019年)だったか。
北海道で時給を上げてもフォークリフトを運転する人が集まらない現場がありました。
これに関係者はみんな、かなりの危機感を持ちました。
北海道ではじゃがいもなど農産物の収穫ピークになると、そちらの時給のほうが高くなるんです。
フォークリフトオペレーターは農業のほうにいってしまうので、物流に人が集まらなかったという状況がありました。
そういうこともあって、日通さんは無人フォークリフトを導入していました。
コストは5年でペイできるかどうかと話していましたが、そうでもしないと現場が回せない。
そこまで追い詰められていたんです。
今はコロナ禍で人の需給も緩み、一時的に危機的状況ではなくなっています。
しかしコロナが収束すると、総労働人口が減る中でも、まだしばらくは人手不足が続くでしょう。
この数年、そうした物流現場の危機的な人手不足感から、どんどん仕事の「自動化」が進んできました。
たとえば、「歩かない・考えない・探さない」ピッキング(※注1)の仕組みが代表的なものでしょう。
それを今、DX(※注2)や物流自動化の流れで、多くの企業が一生懸命取り組んでいます。
この仕組みがあれば、確かに誰でもできる、今日来た人でもすぐできるようになります。
そのような流れは、働かせる方にとっては好都合でしょう。バイトだっていつ辞めるかわからない。
しかしここに問題があると私は思います。
「誰にでもできる」のだから、近い将来、自動化による省人化と労働人口の減少で人手不足が解消されたそのとき、「誰にでもできる」仕事の給料は、間違いなく下がります。
雇い主側にしてみれば好都合と思うかもしれないが、非正規労働者の給料が下がり続ければ、結局は彼らの製品やサービスを買ってくれる市場が縮小することになります。
人口縮小に輪をかけて、市場が収縮してしまう。
それはまずいのではないか、ということです。
(三)
そこでベーシックインカム(※注3)などの議論につながるということでしょうか。
(菊)
欧米ではそういった危機感があるので、ベーシックインカムの議論がすでに出ていますね。
2019年ノーベル経済学賞のアビジット・V・バナジー(※注4)&エステル・デュフロ夫妻(※注5)は、ベーシックインカム導入を推奨しています。
それに対してジョセフ・スティグリッツ(※注6)はその議論に触れながら、反対の立場に立っています。
私もスティグリッツに賛成です。
ベーシックインカムがあれば仕事をしなくても、とりあえず最低限の収入が入ってくる。
その上で、空いた時間はもっと文化的な生活をすればいいのではないかと、デュフロ夫妻は言っています。
ですが、それは少し違うんじゃないかと私は思います。
人は働くことによって社会に参加し、貢献する。
わたくしの働きが世の中のためになっているという自覚が生まれる。
そしてそれが生きがい、働く喜び、人間の尊厳に結びつく。
生産的なことはなにもしなくていいよという状況について、「それで人は充実できるのか?」という疑問を私はぬぐえません。
あからさまなベーシックインカム自体には、賛成しかねます。
たとえば、スティグリッツは、街の清掃をはじめ、公共がそういう仕事をつくるべきだと言っています。
私も社会に役立つ仕事を見つけ、みんなで取り組む方向を支持します。
AIはどこまで信じてよいのか?
(三)
ところで、仕事の自動化に関し、近年はAIが大きな影響力を持っていますよね。
仕事において、人や心よりも、情報やAIの存在感が日増しに上位にきているように思えます。
(菊)
ある意味そうですね。
ビッグデータを分析すればすべてが分かる、というような風潮になっているので。
(三)
物流の世界では、量子コンピュータの最適化問題解決も含めてかなり進んでいますが、AIについて、その点はいかがでしょうか。
(菊)
AIについては、言いたいことはたくさんあります。
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を書かれた新井紀子さんのウェビナーを聞きましたが、彼女は「結局AIって人間がつくるんですよ、全部」と言っています。
データの重みづけを全て人間が判断して、それを何重にも積み重ねる。
さらに碁の対戦マップを読ませたりといったプラスの経験をさせて、特定の知能だけを肥大化させていくのです。
たとえば、彼女たちが開発したAI「東大君」は何万単位もの問題を解かせて、東大の入試の正しい答えを見つけることだけに特化したものです。
それも人間が教師データを選び、重みづけをしたうえで、膨大なデータを全てインプットして判断させています。
だから、新井さんは「AIが人間を越えられるわけがない」と言っている。
しかも特定の、数人の判断というバイアスがかかったデータベースによって、アルゴリズムが構築されます。
私も一時期シンギュラリタリアンになりかかりましたが、少なくとも今の仕組みでは全方位的な知力・知識と使命感、暖かい感情を持つ人間を超えることはできない。
構造的に、数学的に、現在のAIは少なくともとてもそんなレベルではない。
ですが、AIにはあることに特化した能力があります。
たとえば、不動産や融資の判断、倒産確率の推定など特化したテーマでは十二分に利用価値があります。
これによって「いらなくなる人」が出てくるのは明らかです。
事務系の人、銀行員なんて本当に危ない。
だから、AIを夢物語のように信仰するのはあまりにも無邪気である一方、使いようによってはとても有効で、部分部分では軽く人を凌駕していくでしょう。
とくに先ほど言われた量子コンピュータを使った最適化問題解決。
セールスマンが30件のお客さんをどう訪問するのが最も効率的か、といったようなことですね。
それは物流の配送ルート最適化と同じです。
物流分野でほかにも、需要予測において期待ができます。
たとえば気象データなどのさまざまなビッグデータとリンクすることで、AIが物流で活きる分野は当然あります。
気温データと地域のイベント情報の連携などで、AIの活躍には期待しています。
(三)
そうしたリンク可能なビックデータは、大手コンビニチェーンなんかも持っていますよね。
(菊)
あとは「AIの判断がなぜこうなったかのかが分からない」というブラックボックス化の課題があります。
これは怖いです。
旧名「バトラー」という、有名なインドのグレイオレンジ社が作ったニトリなどが導入している物流ロボット「レンジャーGTP」があります。
Amazonでも使われているタイプの、棚を持ってくるロボットです。
あれもAIが順次、自分の動きをどんどん改良していくんです。
でも学習により動きが変わっていくとき、「なぜこれがこう変わったのか」は人間には分からない。
とくにユーザーには全然分からない。
もしそれが人に関わることだとしたら、とても危険です。
最近では人事面接、採用の面でもAIが導入されていますが、「なぜこの人を選んだのか」が分からない。
ソフトウェアを作り込んだ人間の好き嫌いが反映されているんですよね。
男性を優位にするとか、若い人でないと嫌だとか。
AIにそういう好みが反映されることになってしまう。
NECの遠藤信博取締役会長は、ホワイトボックス化することが重要だとよく言っていますが、なぜAIがこういう判断をしたのかが分かる仕組み作りに取り組まれているそうです。
分野によっては、AIのホワイトボックス化は絶対必要だと思っています。
人間に関することであれば、差別的なことにつながりかねません。
AIへの過信は危険です。
ジャーナリストとしての基盤をつくった、働く庶民との対話
(三)
今日はテーマのひとつとして、人間・菊田さんご自身のことをお聞かせいただきたいです。
なぜ物流の世界でジャーナリストとして活動をされているのか。
なぜこういう視点をお持ちなのか。
可能な範囲で結構ですので、お聞かせいただけないでしょうか。
(菊)
私は親父が銀行員で、当時の一億総中流のなかで生きてきました。
育ちは犬山。大学は名古屋で少し離れていて。
名古屋から地下鉄で本山駅まで行って、大学まで歩いて20分。片道1時間半かかっていました。
4年生のはじめまでは実家から通っていたのですが、「俺はこのまま家にいて親に縛られて養われていたらダメになる」と思って、家を飛び出しました。
親には前日まで何もいわず、リッチな友達に20万円借りて安アパートに契約。
それで「俺、自活するから」って、家を出たんです。
せっかく大学に入ったんだからちゃんと学問して、自分で働いて自分で食うんだって始めたんですけどね。
自分で食うためには週に3日以上働かないといけなくて、勉強できないんですよ。
そこでもう完全に壁にぶちあたって。
そうこうしてるうちに、3年後に結婚することになる家内と付き合いだして。下宿先のすぐ近くにいたんでね。
(三)
大学を卒業してすぐに結婚されたんですか。
(菊)
僕はちょっと留年をしましてね。いわゆるモラトリアム。
このまま社会に出ても俺はダメだ。なんとか自分で道を見つけるんだ、といった感じで。
小説を書いてみたり、作曲してみたりして。
でもちゃんと卒業しなきゃダメだと、当時家内が言ってくれましてね。
これは今でも感謝しないといけないのですが、それで、無理やり卒業しようと決意したんです。
でもすでに秋、就職戦線は終盤を迎えていた。自分でできることは書くことくらいしかなかったので、「ルポライター募集」という新聞広告を見てその会社に飛び込んだんです。
その時の経験が今の私のひとつのかたちになっています。
商店主や中小経営者のところに「取材に行きますから」とアポイントをとる。
お話を聞いて「素晴らしいお話をありがとうございました」って言いながら、「じゃぁ4万円です」って(笑)。
記事掲載でお金とるんです。
美容院のお姉さんとか、町工場の社長とか。
し尿採取業のおじいちゃんからは、「人がやらない仕事をやってそれで俺はお金を儲けたんだ」って話を聞いたり。
(三)
まさしく商いの街でのお仕事ですね。
(菊)
その会社の名古屋支店はすぐ閉鎖になっちゃって、東京本社から大阪に半年間飛ばされるんです。
1日に5件、6件行かされて、通信費交通費は全部自分もち。
ほんとにブラック。超ブラック企業(笑)。
歩合制だから、記事がとれなかったら月給は最低賃金法適用の8万円でした。
取材ではそうした庶民の人たちの頑張った話をいろいろと聞くわけです。
「いろんな人に支えられてね……」って。その話を30分とか40分とか聞くんです。
で、その人が取り止めもなく話したことを一応記事みたいにして、その場で僕がまとめてしゃべる。
そうするとすごく感動してくれるんです。
ちゃんとツボにはまったことを聞けていたときは本当に感動してくれて、4万円でも8万円でも出してくれたんですね。
(三)
その場で記事を書いて読み上げるのですか?
(菊)
メモだけを頼りにアドリブで読み上げるんです。
記事は帰ってから、時間外手当とか一切なく、自分で書くんです。
それで鍛えられたのと、庶民の生き様を聞けたというのは、私のひとつの原点になっています。
(三)
働く人の目線は、この時期に築かれたのですね。
(菊)
泥沼をはいずりまわるような時期で、それで8万円ですから。
大阪時代なんか、じゃりン子チエ(※注7)みたいなアパートの2階の一部屋で、3人が雑魚寝するところで記事を書くんです。
いちばん厳しい何週間か、食事は1日に食パン1斤。
朝食に2枚、昼用に会社のトースターで2枚焼いて持って出かけて外で食べる。夜は残った2枚をまた食べる。
(三)
ご自分でそういう体験をされてきたとなると、今の非正規雇用などを見ていると感じることがありますよね。
(菊)
他人事じゃない、という思いはありますよね。
(第2部につづく)
< 語句解説 >
◎注1: ピッキング
伝票や出荷指示書に基づいて、保管されている商品を取り出す作業のこと。
◎注2: DX(デジタルトランスフォーメーション)
企業がデータとデジタル技術を活用して組織やビジネスモデルを変革し、価値提供の方法を変えること。
今の時代に即した新しいIT化、デジタル技術を駆使した事業改革を意味する。
◎注3: べーシックインカム
政府が最低限所得保障という形で、一定の現金を定期的に支給する政策。社会保障のより拡張した形態。
◎注4: アビジット・V・バナジー(Abhijit Vinayak Banerjee、1961年~)
インド人経済学者。マサチューセッツ工科大学教授(フォード財団国際教授)。
2003年にアブドゥル・ラティフ・ジャミール貧困アクションラボ(J-PAL)をエスター・デュフロらと共同で創設。貧困行動革新団体の研究アフィリエイト、および金融システムと貧困に関するコンソーシアムのメンバー。
2019年にノーベル経済学賞を受賞。
◎注5: エスター・デュフロ(Esther Duflo、1972年~)
フランス人経済学者。マサチューセッツ工科大学教授。貧困問題と開発経済学を担当。
専門は、開発途上国におけるミクロ開発経済学。
2019年にノーベル経済学賞を受賞。
◎注6: ジョセフ・E・スティグリッツ(Joseph Eugene Stiglitz、1943年~)
アメリカの経済学者。コロンビア大学教授。IMFの経済政策を厳しく批判している。
『世界の99%を貧困にする経済』は日本でもベストセラーになった。
2001年にノーベル経済学賞を受賞。
◎注7: 『じゃりン子チエ』
はるき悦巳原作の人情コメディ漫画。1978年発表。双葉社刊。
大阪市西成を舞台に、ホルモン焼き屋を切り盛りする女の子・チエと彼女を取り巻く個性豊かな人々の生活を描いている。
* * *
◎キーパーソン略歴:菊田 一郎(きくた いちろう)
L-Tech Lab(エルテックラボ)代表。1982年、名古屋大学経済学部卒業。
83年株式会社流通研究社入社、90年より月刊『マテリアルフロー』編集長、2017年より代表取締役社長。
2012年より「アジア・シームレス物流フォーラム」企画・実行統括。
06年より東京都中央・城北職業能力開発センター赤羽校「物流の基礎」講師、近年は大学・企業・団体・イベント他の講演に奔走。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える―メーカー・卸売業・小売業・物流業18社のケース』(白桃書房、共著)、『物流センターシステム事例集Ⅰ~Ⅵ』(流通研究社)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト『ロジスティクス・オペレーション3級』(社会保健研究所、11年改訂版、共著)など。
2017年より大田花き株式会社社外取締役(現任)。
2020年5月に流通研究社を退職。
6月1日に独立し、L-Tech Lab(エルテックラボ、物流テック研究室)代表として活動を開始。株式会社日本海事新聞社顧問、ラクスル株式会社アドバイザーなどを務める。