本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

ウィズ・コロナの物流から見えてきた、仕事・価値・「個」の本質【第3部】 ~キーパーソン・インタビュー:エルテックラボ代表、菊田一郎氏~

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<第3部:貧富、市場支配力、「個」のあり方>
前回は、標準化全般にまつわる話と、DXやロジスティクスの未来に深くかかわるモノと情報の共有化について話をお聞かせいただいた。
今回はその最終回として、第3部をお送りする。

仕事の価値と貧富の本質はどこにあるのか?

(聞きて:本とITを研究する会 三津田治夫 ……以下(三))
(三)
この先、標準化が進めば自動化も進み、賃金単価は下がっていくという話がありました(第1部)。
そうなると「そもそも仕事の価値とはなんだ?」を再考する必要が出てくるかと思うのですが。
菊田さんにとって、仕事の価値の源泉はどこにあるとお考えでしょうか。

(キーパーソン:エルテックラボ代表 菊田一郎 ……以下(菊))
(菊)
私がこだわっているのは、仕事を通じた社会参画、貢献、という意識です。
仕事ではなく、NPOで貢献することもいいと思います。
世界中の貧困をなくすための活動や、社会貢献できる仕事はきっとなくならないですからね。

(三)
つまりそれも、菊田さんが考えるところの仕事に入ってるのですね。

(菊)
それが仕事である、と言っていいんでしょうね。
社会参加すべき自分の役割が「仕事」だと、私は考えます。

(三)
「仕事」の定義は受け取る貨幣の問題ではない、ということですね。
今日のお話を聞くにあたって、モノとお金と人間の仕事価値について私の主宰するコミュニティの方たちと話をしました。
世界の貧困をなくすという支援をしながら、食べていけたらいいですね、と。
でも、あるボランティア団体で働いている方によると、団体は個人の寄付で成り立っているというのです。
東日本大震災の支援も個人のボランティアベースで活動しているところがほとんどだと聞きました。

(菊)
ボランティアをベースに働く、というのもありますね。
それをどこまで税金で支援するかということになるんでしょうけど。

(三)
世界レベルで見ると、それでも日本は貧富の格差が少ないと言われています。
今はもう税金とか国債とか、お金の問題じゃなく、別のところにメスを入れる必要がありそうですね。

(菊)
貧富格差のいちばんの元凶は、スティグリッツ(※第1部注6)によれば、要するに「99パーセントと1パーセント」の話です。
1パーセントの富裕層に富が集積されてしまっているという現状です。
金融の世界では、ロボットによる超高速取引も含め自動的に架空の富がどんどん増殖していく。
政府もどんどん借金をして投資をするし、お金を刷りまくっている。
現実に刷っていなくても、バーチャルのお金は際限なくありあまっているという過剰な状況があります。
この富の格差、集中、偏在はもう公の力で押さえ込んでいくしかないでしょう。

(三)
GAFAの活動に規制をかけられた話もそれに近いものがあるのでしょうか。

(菊)
アメリカでFacebook独占禁止法で告訴したという話がありましたね。
識者の友人は「国の旧時代の法律で縛るなんて時代遅れだ」と主張していました。
新しい時代のルールがあるべきだという意見もありますが、私は、これもスティグリッツの言葉ですが「市場支配力」に注目しています。
GAFAの何がいけないのか。
市場支配力が肥大化したことがいちばんまずいんですが、これには2つあります。

私たちはGAFAのコンテンツを「タダ」で使っていると思っているのですが、マイクロソフトの誰かが言っていました。「それが『タダ』だということは、あなたが商品なんだ」と。
「タダ」で使ってるつもりになって、実は私たちがコンテンツを見ている時間、私たちから吸い取られている個人情報が商品なんです。
それで広告をとって、それが彼らの富の源泉になっている。
私たちが飯の種にされている。そういう構造がひとつあります。

もうひとつは、それらのエコシステムをつくって儲けている人たちの市場支配力がありすぎるために、その価格を抑え込む力を持ってしまっていることです。
新自由主義の市場支配力ゆえに、自分のサービス料金は高く維持できるわけです。
だから市場支配力を肥大化させてはいけないと、スティグリッツは主張しているのです。
たとえばFacebookInstagramを買収したことについても、「あれはもう分離させるべきだ」と彼は言っています。
これから自分の脅威となるものを先に全部、食いつくすわけです。
先食いしてライバルの登場を抑え込む力まで持ってしまっている。

(三)
1パーセントの富の集約。この1パーセントを解体、分配していくしかないんでしょうか。

(菊)
基本は所得の再分配でしょうね。
トランプが富裕層を大減税したり、銀行の金融法を変えてしまったり。
それを共和党がずっと推し進めてきたという批判を、スティグリッツは書籍で書いています。

(三)
日本はあんまり関係なさそうですね。

(菊)
偏在という意味では、日本は本当に先進世界のなかでは優等生ですよね。
それでも、ホームレスやアンダークラスが実際に拡大し、格差の拡大はじわじわと進んでいます。
竹中改革で非正規労働者の雇用が製造業にも認可されたことによって、非正規雇用がどんどん拡大して、彼らの賃金が全く上がっていない。
当時から竹中さんは「強い者が勝てばトリクルダウンで……(※注12)」弱い者にもおこぼれが頂ける、みたいなことを堂々と言っていましたが、全く現実化してない。
それが「新自由主義の過ちなのだ」と私も思います。

(三)
私もそのあたりかなり共感します。

1パーセントの富の集約の時代に生きるための「個」とは?

ところで、ITエンジニアと話をしていて、最近気になることがあります。
システム開発はエンジニアだけでなく、ユーザーと組んで開発するべきだと20年以上前から言われています。
それはもう今では当たり前になっています。
上流開発のエンジニアは、みんなが「個」として開発に参画しなさいと言っています。
使われる人間と与える人間とに分けるのではなく、「個」としてみんなでシステムをつくっていくという考え方です。
世の中でも「個」として働いていこう、今の時代に対応していこう、という声が増してきました。
私たちは1パーセントの富の集約の時代において、どのような生き方をしていけばよいのでしょうか。

(菊)
声をあげることです。
各々の立場でできることをしていく、ということだと思います。
言論でやるのもひとつですし、選挙に投票することもひとつです。
社会に参加することだと思います。

(三)
菊田さんや私はそれこそ文章の仕事をしていますから、声をあげることは重要だと思います。
では、そういう立場ではない人たちになにかメッセージはありますか。

(菊)
これは内田樹さんの孫引きなのですが。
村上春樹さんが「文化的雪かき」ということを言っているんです。
雪が降り積もった朝にドアを開けてみると、雪で車も通れない。
誰かが雪かきをしなければいけないな、と思ったそのときに「それは俺の仕事だな」ととらえ、黙々と雪かきをする人がどこかにいるわけです。
春樹さんは「僕は文章でそれをやっている」と言っています。

ハルキストの内田さんは、これに大賛成していました。
「電車のなかでおばあちゃんが立っている。さてどうする、誰か席を譲らねぇかな」とみんなが見渡す。
そのときに「あ、俺が立てばいいんだな」と、一人のおじさんが立ち上がる……。

(三)
そういば、2・6・2の法則っていうんですか。
オンラインのコミュニティで、コロナになってから上位の「2」の人が強烈になってきている、という声を聞きます。
相変わらず、他の6と2は変わらないんですけれど。

(菊)
今の話も普遍的とするなら、「道にゴミが落ちてたら自分が拾えばいいんだ」と内田さんが言っていました。
誰かがやったほうがいいなと思うことがそこにあったとして、「それは俺の仕事かも」と実際に行動できる人が、一定数いてくれる社会はきっと安定する。会社もコミュニティも安定する。
それはおそらく、ちょっとした会合や集会などでも一緒ですよね。
誰かがしないといけない仕事なら、「じゃあ俺がやっとくよ」という人が、けっこうどこかにいるんですよね。

(三)
よくわかります。
学生のときから疑問を持っていたのは、「こうしろ、ああしろ」ってみんな外野から言ってくる。
「ならば議員になればいいじゃない。なんでならないのか?」と。
野球なんかで、観客が選手のバッティングのダメ出しをしてるのと一緒じゃないか、そう思っていました。
個人の、文化的雪かき。世の中を浄化する、小さくて大きな力が必要ですね。

(菊)
たとえば、町内のゴミ捨て場の網がほつれているとか、ひっかける紐が切れているのを直すとか。
うちの家内はちゃんとそうじするんですよ、ゴミ集積所の。
そういう行動を一人一人が出来る社会は、きっと清潔で、住みやすいんですよ。

(おわり)

< 語句解説 >

◎注12 :トリクルダウン
18世紀初頭に提唱された、「富める者が富めば、貧しい者も自然に豊かになる」とする経済仮説。現在では否定的な意見が多い。

*     *     *

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◎キーパーソン略歴:菊田 一郎(きくた いちろう)
L-Tech Lab(エルテックラボ)代表。1982年、名古屋大学経済学部卒業。
83年株式会社流通研究社入社、90年より月刊『マテリアルフロー』編集長、2017年より代表取締役社長。
2012年より「アジア・シームレス物流フォーラム」企画・実行統括。
06年より東京都中央・城北職業能力開発センター赤羽校「物流の基礎」講師、近年は大学・企業・団体・イベント他の講演に奔走。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える―メーカー・卸売業・小売業・物流業18社のケース』(白桃書房、共著)、『物流センターシステム事例集Ⅰ~Ⅵ』(流通研究社)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト『ロジスティクス・オペレーション3級』(社会保健研究所、11年改訂版、共著)など。
2017年より大田花き株式会社社外取締役(現任)。
2020年5月に流通研究社を退職。
6月1日に独立し、L-Tech Lab(エルテックラボ、物流テック研究室)代表として活動を開始。株式会社日本海事新聞社顧問、ラクスル株式会社アドバイザーなどを務める。