本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

不確実性を味方につける、ワーケーションという生き方

ワーケーションをいう言葉をよく耳にする。「ワーク(work)」と「バケーション(vacation)」を組み合わせた造語で、本来の意味は休暇や帰省の合間に仕事を組み入れるという働き方のことである。
リモートワークの定着や時代背景から、その意味が大きく変わってきている。その変化と本質について考えてみたい。

まず、なぜワーケーションの意味が変わってきたのか。
その第一が、VUCAワールドという言葉に代表されるような、先の見えない不確実性が背景にある。
世界的な金融危機や気候変動、災害で、人々のマインドと社会の枠組みは大きく変わった。
さらにはパンデミックや隣国の独裁者による戦争など、VUCAワールドという言葉は日増しに現実そのものになってきている。

世の不確実性が高まるなか、さらに100年ライフという言葉が重なる。
揺らぎ続ける社会の中で100年生きていくのだ。
こうした新しい課題が我々の目前に差し出されている。
この課題とは言い換えれば、新しい生き方の選択、である。
100年ライフを提唱したリンダ・グラットンいわく、学習を終えて就職・退職・年金生活という従来の活動と引退の構造に身を置くのではなく、学習しながら一生働く、新しい生き方である。

100年ライフの考えに従えば、人生の8割が仕事である。
つまり「生きることとは働くこと」なのである。
書いていて私は、なんて当たり前のことをいっているのかと自問した。
が、「仕事とプライベート」という言葉があるように、生きることと働くことがある時から分離されてしまった。
つまり、企業組織が極度に高度化したことにより、従業員は意識して働かずにも(組織のルールさえ守っていれば)生活に困らない報酬が約束されるようになってきた。
そうしたケースは大企業でしばしばみられる。
しかし、その状況で収益を上げることは困難である。
大企業の危機意識はここにある。

企業は、収益の源泉となる組織を死守しながらも、いままでとは異なった新しい働き方を従業員に求めている。
副業の許可やリモートワークなどがそうだ。
いままでは企業が従業員の生活(人生)の責任の多くを負っていたが、これからは自己責任なのである。
働き方が大きく変われば生き方は大きく変わる。
つまり、生き方の再デザインが求められる。
社会の不確実性にも耐えられる生き方の再デザインが必要である。

価値の本質はコントロール不可能なものから生まれる
社会の不確実性といったが、そもそも確実な社会はあるのか、という疑問はいつもある。
社会が確実だとは一つの幻想である。
とくに40代以上の昭和世代には、こうした幻想が強い。
また、昭和世代の親たちは戦中派や団塊の世代であることが多い。
ひどい時代を一度経験した彼らは、いっそう幻想(過去に戻りたくないという意識)が強い。

しかし、社会はそもそも不確実である。
病気にかかれば医師や薬物が治療してくれるし、貯金をして旅行に行ったりマンションを買ったり老後に備えたりができる。
会社に行けば月給がもらえ、疑問や不明点はWebで検索すると大方わかる。

私たちは、上記が思い通りにいくという幻想の中で生きている。
これが思い通りにいかないことが「不確実」である。
ほんの500~1000年ほど前の日本の中世に目を向けてみる。
病気の最強の治療者は祈祷師で、貨幣の概念はほぼなく、仕事は兵士か個人事業主、奴隷ぐらいで、疑問や不明点の解決を握るのはお坊さんだった。不確実極まりない社会だ。
言い換えると、確実とは精緻な仕組みが正しく機能すること、である。
ITやコンピューティングの正確性は、まさに、人間の確実幻想を満たす重要な要素である。

それでもいまだにパンデミック、戦争、経済恐慌、企業収益、知の課題など、なにも解決できてはいない。

つまり世界は不確実であり続ける。
そもそも、世界はコントロール不可能なのである。

病気も戦争もビジネスも、コントロールできている状態がポジティブで、そうでない状態がネガティブ。
こうした認識を持つ人が大半である。

では、不確実でコントロール不可能なものは、本当にネガティブなのだろうか?

不確実性から生まれるクリエイティビティ
不確実でコントロール不可能なものは、コントロール次第でポジティブなものに転じる。
そう私は断言する。
この時代だからこそ、目の前に山ほどある不確実でコントロール不可能なものを逆手にとることで、ポジティブなものに転じる。
そこに大きな価値が生まれる。

たとえば、出会いや発見、ハプニングというセレンディピティは、不確実性を味方につけたポジティブの宝庫である。

科学者やアーティスト、事業家の着想のタネの多くは、この不確実性の中から生まれている。

そこで、ワーケーションという言葉に戻ってみる。
ワーケーションは、不確実性をコントロールする強力なツールである。

たとえば、ワーケーションで仲間と山や海を散策しながら仕事の話をする。
会食の雑談の中からビジネスのアイデアが生まれる。
現代の茶室とも言われるサウナで、整いながら対話をする。

企業や組織といった人造の枠組みからいったん離れ、自然へと人が戻る。
これにより人は正直になり、本心から対話を始めることができる。

自然の中では大雨が降りだしたり、交通に問題が出たりなど、つねに不確実性に見舞われる。そして不確実の中で、人は本当の姿を現す。

「合宿」とワーケーションはまったく逆である。
合宿ではどうしても、組織の主従関係や忠誠心といった「本心の外」からの心理的バイアスがかかる。
無礼講という言葉があるように、組織が巨大で強固であればあるほど、この心理的バイアスは逃れられない宿命となる。
組織の主従関係や忠誠心を強固にすること(組織内部での信頼関係の強化)が合宿の目的であり、不確実性を取りに行くような場では決してない。

人の心や生き方を大きく変えるものは、自然との出会いである。
人間や植物、動物、風景といった自然との出会いには、人そのものを一瞬にして変える強いパワーがある。
価値を生み出すクリエイティビティの源泉はここにある。

不確実性を味方につける。
人生や仕事をポジティブかつ大きく変える最強のメソッドだ。
そしてそれを動かすための最強のエンジンが、ワーケーションだ。

三津田治夫