本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

昭和の話芸を文字で堪能する:『おなじみ 小沢昭一的こころ』(芸術生活社刊)

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小沢昭一先生が鬼籍に入られてはや1年。
人間とは死んでしまうと忘却の中へとすっかり埋没してしまうものだが、書物はそうした過去の存在を言葉を通して目の前に甦らせてくれる。
小沢昭一的こころ」とはかつてTBSラジオで放送していた超長寿番組のタイトルで、本書はこの番組のシナリオから再録したいわば「ベスト版小沢昭一的こころ」である。
私がこの番組を最初に聴いた記憶は小学生のとき。以来高校生のときまでよく聴いていた。小沢昭一の絶妙な語り口とその内容が面白く、夕方の954KHzに周波数を合わせるのが楽しみだった。
内容は、昭和のお父さん(中高年で出世の遅れた中間管理職、妻と娘から虐げられている)を主人公とした、いってみたらラジオエッセイ。毎回のテーマは「セーターについて考える」「ラッパについて考える」「紅白について考える」などの「~について考える」とし、テーマを巡って古今東西のエピソードを織り交ぜながら考え、語るのである。その合間、会社や居酒屋、屋台、スナック、キャバレー、愛人宅などを舞台にした、昭和のお父さんのしょうもない妄想、幻想、哀愁の独白を織り込み、リスナーの共感を誘う。
よくもまあ、1つのテーマを10分という限られた時間内で多方面に展開させ、笑いあり涙ありお色気ありでリスナーを楽しませたものだ。
本書の内容も、このラジオの雰囲気を見事に再現している。他愛もない話のようで実は奥が深かったり、しょうもない話のようで実は本質を突いていたり、内容そのものよりも実は小沢昭一の言い回しにおもしろみがあったりと、「口演」とはまさにこのことだと、改めて感心した。
装幀のくたびれ具合を見ての通り、本書はAmazonマーケットプレイスで購入したものだが、奥付を見ると昭和五四年六月一日初版発行、昭和五四年十一月八日五版発行とある。4ヶ月で5刷とは、立派なものである。それだけラジオのファンも多かったというわけだ。
昭和を代表する偉人であり一流の語りべであった小沢昭一先生の仕事に改めて触れ、偉大なメディア人だったと、尊敬の念を新たにする次第だった。
三津田治夫