本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

7つの執筆マネジメント ~書くという 実務のトリセツ~

仕事柄、本を書く人たちとのつながりは多い。
中でも、「初めて本を書く」という人たちも少なくない。
初めて本を書く人たちはさまざまな課題を乗り越え、文章を書き上げ、本を作り上げる。
このような人たちと相談を受けながらやり取りするなか、共通の課題を見ている。
それは、「執筆にはマネジメントが必要」である。
今回は、これからまとまった文章や本を書きたいという人たちに向け、さまざまなタイプの著者さんとのやり取りから見えてきた、7つの執筆マネジメントについてお伝えしたい。

執筆のマネジメントとは?
まとまった文章や本を書いた経験のない人は、
「どうやって本を書いているのだろう?」
「なぜ長い文章を書けるのか?」
という、そもそもの疑問を持たれているに違いない。
とくに、プロの文筆家ではなく会社員など本業を持ちながらまとまった文章や本を書く(以降「執筆」と総称する)人も少なくない。
このような人たちは、限られたリソースの中で、どのように執筆しているのだろうか。
そこで重要なのが「マネジメント」である。
計画性をもって自己管理し、執筆する。
これは、ほぼ自己完結した、セルフマネジメントである。

【1つ目】:時間のマネジメント
執筆においてマネジメントすべきリソースの第一は、「時間」である。
本業や家庭との兼ね合いの中で執筆される人は多い。
また、平日に動けない人は休日をまとめて執筆に充てたり、朝型に切り替えて早朝に少しずつ執筆、という人もいる。

「休日にまとめて」タイプの人は、平日は本業に集中でき、休日の長時間を執筆に集中できるという長所がある。
しかし平日には作業が止まるため、前回の作業を思い出しながら執筆を継続する必要があったり、平日に他の課題にマインドが上書きされ執筆のモチベーションが低下するという短所もある。

「朝型に切り替えて」タイプの人は、細切れの時間で成果物を積み上げるという地道な作業を繰り返す持久力が必要になる。
また、夜更かしや飲み会をやめるなど、ライフスタイルを変更する必要がある。
こうした強いマネジメント力が求められるが、早朝の生産性の高さは、さまざまなプロの文筆家が朝型を実践していることや、脳科学がそれを証明している。

いずれも、ライフスタイルやマインドの変更が必要になる。
家族や上司の同意をうる必要(場合によっては説得の必要も)が出てくることも考慮が必要だ。
こうした人間関係の最適化もマネジメントの重要な領域に含まれるが、範囲があまりにも広いため本稿では割愛させてい
ただく。

【2つ目】:執筆速度のマネジメント
次に出てくるマネジメントの対象は「速度」である。
とくに、締め切りが設定された執筆ではこの概念が必須である。
ブログ執筆など外部から与えられた締め切りがないにしても、本業との折り合いを付けるためにも、自分がどのぐらいの速度でどんなものを書けるのかを把握することは重要である。
これこそ、やってみないとわからない、の世界で、書いてみないことにはわからない。
そのときの体調やモチベーション、書く対象の手ごわさや調査時間、本業やプライベートの割り込みなど、さまざまな要因が速度を支配する。
そうした状況をふまえながら、まずは、時計と筆記用具を用意し、手を動かしてみることをお勧めする。
執筆対象のアウトラインを書き、それを文章にブレイクダウンするまでの時間を、文字単位やページ単位で計測し、記録する。
計測には開始時間と終了時間をメモしてもよいし、スマホのタイマー機能を利用して、書けた文字数を記録するのもよい。
ちなみに、スマホのタイマー機能を使って30分ごとにアラームを鳴らし5分の休憩を入れることで、脳の生産性が向上するという手法もある。
上記で作成した記録がある程度たまってくると、「このぐらいの時間でこのぐらいものが書けるのだな」という執筆速度が見えてくる。
これをベースに、執筆のためのスケジュールを作成していく。

【3つ目】:スケジュールのマネジメント
執筆速度がわかってきたところで、次に、スケジュールを作成していこう。
教員や上司、顧客、編集者などがいて、原稿を渡す締め切りが設定されていれば、それに従ってスケジュールを作成する。
スケジュール作成で意外にも見過ごされがちなのは、予備日の概念である。
たとえば1週間に10ページ書けるという執筆速度の場合は、単純計算で1か月で40ページ書けるという理論値は出せる。
しかし現実はそうはいかない。
前述のような割り込みも入る。
また、人間のモチベーションや関心の状態は直線的ではなく、日々揺れ動いている。
こうした自分の外的な要因や内的な要因に目を向けながら、予備日を冷静に設定しつつ、スケジュールを作成し、マネジメントしていく。

スケジュールのマネジメントにはMS Excelがよく使われるが、無償で遠隔利用や共有ができるGoogleスプレッドシートも有効である。
メモ帳などの紙でのマネジメントも可能だが、閲覧性や過去の実績との比較が容易という利便性の高さからも、こうしたデジタルツールの活用はお勧めである。

【4つ目】:意欲のマネジメント
次のマネジメント対象は「意欲」、つまりモチベーションである。
執筆が長期に渡ればわたるほど、モチベーションを保つことは困難である。
しかも本業がある人は、本業のイベントやトラブル、立場の変更から、あっけなくモチベーションをそぎ落とされるという事態に陥りがちだ。
また、プライベートでもさまざまなことが起こりうる。
いわゆる日常が、その人のモチベーションを支配している。
同時に、その人のメンタルといった、内面もモチベーションを支配している。
やる気を出せ、根性を出せと他者から言われても、モチベーションが働かなければ執筆の手も動かない。
まずは、モチベーションの根幹となる、なぜ自分は執筆するのか、執筆してどうなりたいかを、漠然とでも持っておくことが強みになる。
意欲が減退したとき、「なぜ」や「どう」を思い出すことで、必ず行き先が見えてくる。
行き先が見えれば再び歩き出せるのだ。

そのうえでお勧めなのは、執筆環境を変えることである。
部屋から一歩出て、スタバなどWi-Fi環境がある場所で執筆する人は多い。
最近は液晶画面の性能が良いので、強い太陽光さえ避ければ、講演や海岸、山の中など、屋外での作業もできる。
このような特性を活かし、ワーケーションの採用も執筆には有効である。
昔の文学者が、城崎温泉や箱根の保養地で執筆にいそしんだのは元祖ワーケーションである。温泉につかっていると特殊な創造性が開いてくるのかもしれない。
そうしたワーケーションの疑似環境がお茶の水山の上ホテルだったが、惜しまれながら2月に休館になったことは記憶に新しい。

最後に、上記で朝型執筆の有効性は述べたが、「2時間原則」
のこともつけ加えておきたい。
執筆をする際には、最低2時間のまとまった作業が脳に有効で、生産性が高いことは、よく知られている。
2時間以下の作業だと、メモ書きや、情報の断片のアウトプットしかできず、物事を体系化したり構造化したりが困難だ。
この特性を逆手にとって、通勤時間や空き時間を利用して付箋やスマホのメモに情報の断片を蓄積し、早朝や休日にまとめて文章としての体系化・構造化をはかる、という手もある。
ライフスタイル変更を推し進め、21時睡眠4時起床、出勤の6時までの2時間を執筆に充てている、という猛者筆者の話を耳にしたことがある。自分のライフスタイルを客観視し、
変えられるものは変え、脳の特性を知りつつ、高い意欲で執筆に臨んでいただきたい。

【5つ目】:データのマネジメント
紙で執筆する人はほぼいなくなった。
少し前までは原稿用紙にしか書きませんと豪語する文筆家や著述家は存在したが、いまではまずお目にかからない。
書くためのデバイスはパソコンかスマホタブレットで、書かれた内容はテキストや画像のデータとなる。
これら成果物のマネジメントはとても重要である。
なぜなら、デバイスは壊れるからだ。
壊れれば最悪、執筆した原稿データや撮影した写真、パワポ資料は消滅する。
アプリやデバイスはお金さえ払えばいくらでも手に入るが、自分が執筆した原稿は一度失われたら決して元には戻らない。
それだけ、データの消滅は大問題であり、リスク回避のためのデータのマネジメントは重要なのである。

データのマネジメントの基礎中の基礎は、バックアップである。
パソコン内部と同じデータをクラウド上に保管、さらに、外付けHDDやSSDなどの外部記憶デバイスで保管、という方法による多重バックアップである(IT用語で「冗長化」ともいう)。
外部記憶デバイスは大容量なので、大量の写真や動画のデータ、時間さえかければパソコン内部のデータを丸ごとバックアップもできる。
こうしたバックアップの概念を知らない人は意外と多いので、これを機会に知っておくとよい。
バックアップは、いざというときの強い助けになる。
バックアップを怠ってひどい目に遭った人たちをたくさん見てきた。
また、いまだに雷によるデータ消滅の被害もあるから、油断ならない。
GoogleドライブやDorpBoxなど、クラウドで無料利用できる外部記憶環境も多い。
自分が持つデータの大きさや執筆スタイルに合わせ、バックアップのこともぜひ考慮していただきたい。

【6つ目】:レビュアーのマネジメント
マネジメント対象の6つ目は、レビュアーである。
ここが意外と知られていない。
話が広範になるので機会があったら別途取り上げたいのだが、共著のマネジメントも類似の意味で重要である。
レビュアーとは、原稿を読んでくれ、コメントをくれる人である。
執筆した成果物が、他者に読まれるもので評価されるものであるのなら、なおさらレビュアーの存在価値は高い。
このレビュアー、家族や友人ならそれほど大変ではない。
しかし不特定多数の他者となると、マネジメントが必須になる。
最近は執筆の協力者としてSNSでレビュアーを募って執筆する人は増えてきている。
的確な意見、ノイズ的な意見など、いろいろなコメントがレビュアーからは返ってくるが、それもまた事実としての意見である。
レビュアーが入ることで、書き手の閉ざされた脳が開き、リライト対応の如何により、原稿のクオリティは格段と高くなっていく。
そのレビュアーは、人数よりも質が重要であることは言うまでもない。
そこで、マネジメントの有効性が高まるのである。
適切なレビュアーを選択し、誰にどのような視点で原稿を読んでもらい、どんな意見を受け取りたいのかを明確化し、レビューを依頼する。
これが、レビュアーのマネジメントである。
上記のマネジメントのなかでは比較的高度な部類に入るが、
こうしたことも執筆に有効なことは、ぜひ頭に入れておいていただきたい。

【7つ目】:最後のマネジメント
最後に、高次で大切なマネジメントがある。
それは、上でも少し触れた、自分が「なぜ」書くのかを大切にすることである。
世の中には文字でしか伝わらないことがたくさんある。
動画や画像といったビジュアルは具体性と即効性が高く、情報伝達のメディアとして有効である。
一方で、再現性が低い。
アウトプットにはある程度の表現力と編集力を要し、誰もが同じ意味を動画や画像を通して伝えることは難しい。
しかし人間には文字という、再現性が高い共通のメディアがある。
そして声という人間が持つ共通のメディアで、同じ情報を高い再現性で共有することができるのだ。
さらに文字は、動画や画像と同様、芸術作品にまでも高めることができる。
動画、画像、文字は、つねに三位一体で人間とともに生きている。
なぜ文字で書くのか、改めて自問していただきたい。

本稿でお伝えしたノウハウを手にし、共通の「声」となるあなたの文字を、他の人に伝えていただけたら幸いである。

三津田治夫