本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

ブックレビュー

顧客課題の解決を巡るイノベーションの物語:『陸王』(池井戸潤 著)

2016年のベストセラーで、2017年にはテレビドラマにもなった作品。書名を見て最初はオートバイの開発物語かと思いきや、実は老舗足袋メーカーがアスリート向けのランニングシューズを開発するというイノベーションの物語だった。600ページはある大著。前半の…

ジャニーズの芸能人が執筆した現代版『ウイリアム・ウィルソン』:『ピンクとグレー』(加藤シゲアキ 著)

この作品は、「芸能人だから……」という先入観を完全に捨てさせてくれた。文芸作品としての価値が高い。 いままで、文壇や版元が、芸能人の出版界への流入を意図的にシャットアウトしていたのではなかろうか。つまり「こっちの領域には来ないでくれ」と。 以…

「言文一致」を初導入した明治のサラリーマン文学 ~『浮雲』 二葉亭四迷~

明治20年に発表された『浮雲』を著した二葉亭四迷の名前は、「言文一致小説」の創設者として文学史に残されている。 いまでは小説で会話体が出てくるのは当たり前だが、昔は口語文語というのがあって、明確に使い分けられていた。 二葉亭四迷はそうした境界…

「人間を手段にしてはいけない」を説く古典名著:『人倫の形而上学の基礎づけ』(エマニュエル・カント著)

これはいわば、『プロレゴーメナ』の実装編である。訳者による前書きで「『人倫の形而上学の基礎づけ』を先に読んだ方がよい」とされている通り、その読み方をお勧めする。 『人倫の形而上学の基礎づけ』は豊富な具体例が添えられ、一つの事柄がいろいろな方…

カントの思想探検に最適な名著:『プロレゴーメナ』(エマニュエル・カント)

強烈に素晴らしい書物と巡り会った。『プロレゴーメナ』は、カントが自ら語っているが、代表作『純粋理性批判』の手引き書のようなものである。200ページちょっとで読め、かつ、内容密度が大変に濃く、読み応えがある。 形而上学の入門書としても読める形而…

第21回飯田橋読書会の記録:『現代議会主義の精神史的状況』(カール・シュミット著)~時代を操る毒にも薬にもなる「神話」という魔術~

某月某日、読書会初の試みとして、政治学を取り上げた。カール・シュミットといえば名著『陸と海と』があり、このイメージから、本文が100ページほどでAmazonにも在庫があったので、『現代議会主義の精神史的状況』が取りあげられることになった。読書会での…

恐怖政治をもたらした自由と平等の革命:『フランス革命』(上・下)(アルベール・ソブール著、岩波新書)

人間に自由をもたらした革命。自由・平等・博愛の革命。もしくは、恐怖政治。マリー・アントワネットという無意識な人が好き勝手やっていた。ルイ十六世がダメだった。実はフリーメイソンの革命だった、など……。 フランス革命はいろいろな読まれ方があるが、…

「非宗教的な精神性」が組織と人類を豊かにする:『ティール組織 ~マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現~』(フレデリック・ラルー著)

英治出版の『ティール組織』は600ページ近い大著でありながら発刊早々で異例の3万部を突破したという、近年まれに見る話題のビジネス書だ。事業のイノベーションに参考になる例がありそうで気になるので、早速買って読んでみた。 まず、巻末の「本書に寄せて…

作家を育てた特殊な父子関係を手紙から読む(4) ~フランツ・カフカ著『父への手紙』 新潮社『決定版カフカ全集3』より~

前回からの続き 本人にとっての最大の問題、結婚に関する記述が続く。 次では、父・自分・結婚の関係を、「牢獄」という言葉で比喩している。 ----- 譬えてみれば、牢獄につながれているのに、逃亡の意図ばかりか--これだけならもしかすると達成できるかも…

作家を育てた特殊な父子関係を手紙から読む(3) ~フランツ・カフカ著『父への手紙』 新潮社『決定版カフカ全集3』より~

前回からの続き。 職業と学問に関しては期待を持つべきではないという将来への予見を持っていたが、結婚の意義と可能性に関してはそうでなかった。なんとかなると思っていたから、カフカはたびたび結婚を試みた(が、残念ながらすべて婚約破棄の結果になる)…

作家を育てた特殊な父子関係を手紙から読む(2) ~フランツ・カフカ著『父への手紙』 新潮社『決定版カフカ全集3』より~

前回からの続き。 敏感な子供心は大人の矛盾をキャッチする。 しかしそれを言葉で口にすることはできない。 カフカの精神的プレッシャーは高まる。 ----- 「口答えはやめろ!」という嚇しと、そのさいに振りあげた手とは、すでに幼児期から付きまとっていま…

作家を育てた特殊な父子関係を手紙から読む(1) ~フランツ・カフカ著『父への手紙』 新潮社『決定版カフカ全集3』より~

西洋文化を見渡すと、ツルゲーネフの『父と子』やモーツアルトの手紙、あるいはフロイトの精神分析においても、あちらこちらで「私-対-父」という構図が目に入る。 カフカという作家はその典型というか、父との関係と作家としてのカフカの精神構造が濃厚に…

西洋にそびえる巨大思想山脈に取り組んでみた:『現象学の理念』(フッサール著)/『存在と時間』 (ハイデッガー著)

会社の有休消化の1ヶ月を費やし、退職後初の読書ということで、『現象学の理念』(エドムント・フッサール著)と『存在と時間』(マルティン・ハイデッガー著)を読み終えた。おのおの、今回読んだのが3度目だが、ようやく1割は理解できたか、という感じ。以…

「日本人が言葉を失った瞬間」を教える本:『ニッポンの思想』(佐々木敦 著、講談社現代新書)

『ニッポンの思想』では、1980年に台頭したニューアカデミズムについて多くの紙幅が割かれている。私を含めてこの年代を生きてきた人たちにとって浅田彰の『構造と力』(1983年)、『逃走論』(1984年)や中沢新一の『チベットのモーツアルト』(1983年)と…

若者が繰り広げる涙と笑いの群像劇:『メゾン刻の湯』(小野美由紀著)

歌舞伎町ブックセンターの現役ホストの書店員さんからのお勧めで、この本を買ってきた。小野美由紀という若い作家さんは非常に才能がある。取材力もあり、よく書いている。日本語の比喩表現や文学的な描写も立派だった。結論から言うと、面白かった。 これは…

「東欧のエクソシスト」は意外に面白い:『尼僧ヨアンナ』(ヤロスワフ・イヴァシュケヴィッチ著)

今回は、ワイダ晩年の映画『菖蒲』の原作も書いたポーランド文学者、ヤロスワフ・イヴァシュケヴィッチの作品を取り上げる。 『尼僧ヨアンナ』と聞くと、1962年のイエジー・カヴァレロヴィッチの作品を思い出す映画ファンも少なくないだろう。東欧文学独特の…

コミュニティと共産主義、そして美しい造本は、多彩なエクスペリエンスを与える:『ヴォルプスヴェーデふたたび』(種村季弘著)

1980年に刊行されたこの本、楽しみながら味読した。19世紀後半にドイツに作られた芸術家コミュニティ、ヴォルプスヴェーデをめぐるエッセイ集。 現在でもドイツはブレーメン郊外に観光地として存在するヴォルプスヴェーデ。詩人リルケが一躍有名にした村であ…

日本をアジア史から再確認し、未来を考える 『一外交官の見た明治維新』(上・下)(アーネスト・サトウ 著)

通訳士として、親善の仲介役として、日本の政策に進言する参謀として、幕末の日本に配属された若きイギリス人青年外交官の目から見た、幕末から明治初期にかけての日本の姿がリアルに描かれた名著。 この本を支える2つのリアリティこの本のリアリティは2つの…

グローバル社会をすでに予言した古典大著:『群集の心理』(ヘルマン・ブロッホ著)

『群集の心理』は80年前の作品だが、まさにいまのグローバル化社会という「未来」を予言した書物。500ページを超える大著で、行ったり来たりと、なかなか噛み応えがある文章で、非常に難解。 大づかみに結論だけを要約すると、共産主義も資本主義も双方ゴー…

善良な農民が大犯罪者に転落する数奇な人生:『ミヒャエル・コールハースの運命』(ハインリヒ・フォン・クライスト著)

今回な趣向を変えて、19世紀のドイツ文学を読んでみた。 妻と子供を愛する健全な農民ミヒャエル・コールハースの、数奇な人生を描いた作品。 ミヒャエル・コールハースが手塩にかけて育てた馬を連れ国を出ようとすると、国境で不当な通行税を請求される。通…

努力が花開く、黄金時代のビジネス文学:『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット著)

数年前ある著者さんから、「これは面白いから」と薦められて手に入れ書棚に放置されていた本を、一気に読んでみた。結論だけ言うと非常に面白く、ビジネス小説の枠組みを超えた大作であった。 舞台は1970年代を思わせる工場。著者が唱える、ToC、つまり、「…

第18回飯田橋読書会の記録:ベーシックインカムは人類にユートピアをもたらすのか? 『隷属なき道 ~AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働~』(ルトガー・ブレグマン著)を読む

古典を取り上げることが多い読書会で、今回の第18回目ではアクチュアルなベストセラーを初めて取り上げた。 ベーシックインカムと労働をテーマに人類のユートピアを探求する『隷属なき道』(http://amzn.asia/6pAsHxy)は、オランダの29歳の歴史学者が書き上…

古代ギリシャ人から学ぶ、民主主義の本質:『哲学の起源』(柄谷行人 著)

社会科学エッセイとして珍しくもベストセラーになった2012年の作品。 どんなふうに書かれているのか、また作者がどういった論点で語っているのか、非常に興味があり、読んでみた。 『哲学の起源』というタイトルから得た第一印象は、存在とはなにか、自分と…

情熱と実績から見る、詐欺師と英雄の境界線:『ナポレオン言行録』(オクターヴ・オブリ 著)

ナポレオンとは毀誉褒貶に満ちた不思議な男だ。男の中の男とか、英雄中の英雄、軍事の天才として、歴史の中に強く記述されている。フランス革命後、封建制からの解放を旗印にヨーロッパ中を戦渦に巻き込んだ恐ろしい人物ではあるが、一方で攻め込まれたロシ…

現代西洋哲学の教養が楽しく身につく22年前のベストセラー:『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル著)

全世界で2300万部を売り上げたいわずもがなのベストセラー。「これは面白い」という人が多く当時から気になっていたが、このページ数に圧倒され読むことを長らく拒んでいた。数年前ブックオフで100円で購入していたので、書架から取り出し、一気に読んでみた…

混迷の時代に「大衆とはなにか?」を考える:『大衆の反逆』(オルテガ・イ・ガゼット)

ネットにつながる大衆、街に群がる大衆、投票する大衆、列車に乗り込む大衆、旅行に大挙する大衆……。いまや当たり前に大衆の時代だが、それが認知されたのが20世紀前半。一世紀近く前の混迷の時代に書かれた書物から知恵を拝借すべく、某月某日、都内某所で…

混迷の時代に「古典」を読む価値:『永遠平和のために』(エマニュエル・カント)

「情報氾濫の時代」「ゴールの見えない混迷の時代」「リーダー不在の時代」などなど、いまの世の中、しばしばこのように表現される。確かにその通りで、有史以来、時代の変わり目は必ず先行き不透明になる。そんな時代に、時代を画す知性や知恵が現れるとい…

AI時代に「人間の身体とは?」を問う:『知覚の現象学』(上・下)(メルロ・ポンティ著、みすず書房刊)

「われわれは歴史の<頭>にも<足>にも心を奪われるべきではなくて、その全身にこそ専念すべきである。」 日本が誇るSF大作『攻殻機動隊』はハリウッドで映画化され、スカーレット・ヨハンソン扮する草薙素子は「自分ってなに?」の自分探しをはじめる。原…

自由と奴隷制の原理から覚醒するプロセスを考える:『自由への大いなる歩み』(マーチン・ルサー・キング著、岩波新書)

キング牧師というと非暴力でアメリカ公民権運動を貫いた偉人である。最近では、トランプ大統領の白人至上主義者的発言が指摘されたり、彼の父親が実はKKK(白人至上主義結社)のメンバーだったと暴露されるなど、米国内では改めて差別の問題が問われている。…

第13回飯田橋読書会の記録:『白痴』『堕落論』(坂口安吾 著) ~文学作品を読み、「共感力」を高める。~

「小説を多く読むことが他人の心理状態の理解につながる」という研究成果があるらしい。文学作品を通じ、他者の考えについて想像することができるようになるという。 「共感の時代」といわれるいまこそ、文学作品の価値は高いといえる。いまの時代を豊かに生…