本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

セミナー・レポート:「“人が集まる”ライティング入門」~第3回分科会 本とITを研究する会セミナー~(後編)

時代とともにさまざまな採用形態を受け入れること
人材不足が深刻化する昨今、新卒から中途まで、いままでの採用方法に加えて、人づてに人材を調達するリファラル採用が注目されている。不特定多数ではなく人間関係を通してピンポイントで人材を集められるという反面、企業側には、自社の魅力を知人にうまく伝えることができないという不安を持つ従業員も多い。ここでも、ミッションとビジョンを通したストーリーの共有が強力な武器になる。

もう一つ、採用の新しい形態として注目されているのは、退職者を組織化し、再雇用したり外部のリソースとして活用する、アルムナイ・ネットワークだ。外資コンサルティングファームがこの採用形態を積極的に取り入れている。日本では退職者はいわば脱藩者扱いで再雇用や今後のお付き合いは断絶、という向きがいまだに見られる。しかし今後の人材不足が進む日本ではそうもいっていられない。こうした形態の採用はますます重要視される。

企業側には、「退職しても会社を好きでいてもらい続ける」という課題がある。退職してもまだお付き合いしたいし、人にも紹介したい。この精神状態を企業と従業員の間で共有・維持する必要がある。いわば従業員はその会社を辞めた瞬間から「顧客」になる。その意味で、ここでも、ミッションとビジョンを通したストーリーの共有がキーポイントになる。

◎本講の参考図書:『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建 著、東洋経済新報社f:id:tech-dialoge:20180326111720j:plain

会場内で参加者たちと自分に響くセルフストーリーをいくつか出し合った。20代男性の「学びを楽しみながら自他共に成長するストーリー」から50代男性の「バブル前夜からその終焉までを体験したがバブルのうまみを味わえず、この時代の根性論はいまではまったく通用しなくなったストーリー」や「1989年のベルリンの壁崩壊から1995年のインターネット情報革命、ITバブル、リーマンショック、震災など、世界が革命と越境を続けるストーリー」まで、世代や各個人の体験に伴って多様なストーリーがある。

多様なストーリーを持つ人材を抽象化しながらターゲッティングし、自社のストーリーをライティングと表現で相手に届け、いかにして人材として引き入れるかが、採用側が抱える最大の課題だ。


人を集める7つのポイント
ライティングと表現という観点から、人材採用につなげるためのポイントを7つにまとめた。

①「ミッション」と「ビジョン」をぶらさない
②「ミッション」と「ビジョン」に従い、情報に重み付けをする
③重みに従って、情報を配列する
④見出しを簡潔にわかりやすくつける
⑤文章を俯瞰的に見る
⑥書くことと書かないことを明確に分ける
⑦言葉と情報の「ディレクション」を行う

「⑥書くことと書かないことを明確に分ける」と「⑦言葉と情報の「ディレクション」を行う」に対して会場からは質問が出た。前者に関しては②の「重み付け」に従って書くことと書かないことを振り分けることがポイントで、後者に関してはどのサービスを利用するのかと、「ミッション」と「ビジョン」をどのような文やビジュアルを使って表現するのかというディレクションを指す。

最後に、採用する側の5つの対策として、以下の5点をまとめた。

①自社・担当が求める人材像を徹底内省内省が少ないと「安易」が相手に伝わってしまう。相手を知ることと己を知ることは最重要。
②採りたい相手に引っかかる「キーワード」を探すとはいえ直近の成果も重要。上記を頭に入れつつ、「コピーライティング」の感覚も磨く。
③どの会社も「ストーリー」づくりに必死。ストーリーを大切にしようデジタル社会がエンドレスに進む現在、人は模倣不可能な身体性の高いストーリーという「アナログ」に価値を見出している。
④ストーリーは他人に作ってもらうものではない。ストーリーは自分でつくる収益を出しつつ、オリジナリティ、クリエイティビティをどこまで高めるかが、ストーリーづくりの鍵。
⑤そのためにも、経営陣および採用担当の内省・精査は必須収益を出しつつ、オリジナリティ、クリエイティビティを高めるためにも、「自分たちはなにをやっているのか」「自分たちはなぜ働いているのか」を徹底内省・精査すること。これらがつまり「ミッション」「ビジョン」の種となる。これらの発見と実装は、きわめてクリエイティブな作業。つねに創造的であること。

*   *   *

人材難の今日とはいえ、働きたい人は大勢いる。それでもミスマッチやアンマッチが起こる。仕事の現場の流動性の高さが求職者に伝わっていなかったり、安定性と終身雇用と自分の時間を最大のゴールとする人から野心あるチャレンジャー、他の目的を持った一時的腰掛け、のっぴきならない生活のためなど、求職者のおのおのは自分個人にとって合理的かつ人生の問題にかかわる「働く理由」を持っている。この働く理由と企業とのミスマッチが大きい。その意味で求職者も、自分個人の「ミッション」「ビジョン」を企業と共有するために整理し、明確化し、言語化する必要がある。人材難の今日は、採用側だけの問題ではない。

採用側では、アルムナイ・ネットワークの構築やリファラル採用など、いままで日本の企業が見向きもしなかった方法を本格的に採り入れようとしている。それには「企業と従業員との良好な関係」が重要で、パワハラやセクハラ、不当労働は労働基準監督署の扱う問題ではなく、もはやモラルの問題、企業自らの生き方にかかわる死活問題へとシフトしつつある。

最後に、ゲーテが残した言葉で締めくくる。200年前の芸術家はすでに、動乱の時代を生きぬくために必要な「変化」をすでに見抜いていた。

人生は生きているものに属する。そして生きているものは、変化に対する覚悟を持っていなくてはならない。
(『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』より)

三津田治夫