本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

本当の意味での、本に向き合い自分に向き合う時代の到来

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書籍の販売数は年々減少し、雑誌はさらに減少という状況を示す「出版不況」という言葉。
出版業界にいる人が耳にタコができるほど聞いているお題目である。

最近は、雑誌が読まれる機会が本当に減ってきた。
かつては雑誌流通が出版流通を下支えし、これに乗って書籍は全国に配本されていた。
こうした構造がなくなったいま、書籍の多くは「雑誌化」しているとも言える。

書籍は日々雑誌化する
2時間で読み切るような書籍企画が増えており、東京駅で買って新幹線に乗り新大阪で読み切り、廃棄。
そして新しい本を買ってもらうという「消費」を促す本づくりがされるとも聞く。
書籍の雑誌化は、こうした、必要に迫られた状況から生み出されたものとも言える。

かつては書籍という「知識ストック」と雑誌という「知識フロー」が存在し、明確に棲み分けられていた。
いまや知識フローはWebに取って代わられている点も、雑誌減少の目に見える要因である。

書店の減少も言うにおよばず。
日本人の知識は大丈夫なのだろうかと、いささか心配になる。
「出版は文化」と言われ過ぎた点が、こうした資本主義経済とのアンマッチを引き起こしたという見解はごもっともである。

しかし、市場最適化を徹底した出版物ばかりが世にあふれることで、なにが起こるだろうか。
まずは、読者にとって、読みごこちの良いコンテンツばかりが流通されること。
もう一つは、市場原理の最適化に迎合する作家さんが増えること。

市場最適化と作品の限界
読者は、学ぶことや説教されることも、出版物に求める。
これにより互いは成長する。
ゆえに、読みごこちの良いコンテンツが席巻することは、あまり嬉しくない。

市場原理に最適化した作家さんが増えることで、個性的な作家さんが生きていく場面が減っていく(もちろん、Webやオンデマンド出版など代替手段はいくらでもある)。
読者も作品に強烈な個性を求めることなく、「本って、こんなものだ」というあきらめの視点で、読書に臨むようになる。

出版界のこうした負のスパイラルを打開する必要性はしばしば叫ばれる。
書店のコミュニティ化や、版元の他業種と組んだオフラインやオンラインでの販売・コラボがその打開策である。
しかし、いずれ決定打にはなっていない。

では、どこに負のスパイラルを打破する鍵があるのだろうか?
書店や版元のコミュニティ化やコラボも路線としてはかなりいい線である。
が、「やり方」に問題があるように見える。
ここでも、市場最適化の視点が混じっているはずである。
もちろん、売り上げがないと書店のコミュニティ化もコラボも実現しない。
しかしそれが「あまりにも事業主目線になっているのでは?」という意見も耳にする。

市場と文化のはざまに存在する「違和感」を乗り越える
先日、とある文化施設の責任者と話す機会があった。
印象に残っているのは、上場企業の担当がときどき、「新規事業として文化施設を経営したいのだが、その事業計画はどうしているのか?」「成功のコンセプトはなにか?」などといった、短絡的なことを聞きにくるという。
責任者はその視点に「違和感を覚える」、と語られていた。
同じような「違和感」を、大手書店が展開する新コンセプトの陳列や打ち出し方、スタイルにも感じるともおっしゃっていた。

この、「違和感」という言葉が、私は非常に気になった。
「出版は文化」という言葉で市場原理を打ち消し、良書が市場に流通した。
同時に、市場価値の低い書籍も流通したのも事実だ。
良書とは、長期で見て価値が判断される書籍である。
それゆえ、その真贋が見極められるのに長い年月を要する。
事業経営として非常にリスキーな商品が、書籍なのである。
とはいえ、「出版は文化」なのである。

「違和感」に着目したうえで書店や版元のコミュニティ化や各方面のコラボが実現できると、この活動が実を結ぶために一歩前進するはずだ。
では、違和感を打ち消す解決策とはなにか。
その一つは、売り手と作り手の本に対する深い理解、である。
芸術に対する理解の少ない人が経営する文化施設には「違和感」が漂う。
そしてそれは、言葉や意識など「空気」を通して、着実に受け手へと伝わる。

だからこそ、書店や版元で働く本の売り手と作り手にこそ、深く本を味わい、読んでもらいたい。
本は誰のために、なんのためにあるものなのか。
本は、誰の、なにに対して価値があるものなのか。
そして本の存在意義とは、そもそもなんなのか。
じっくり考え、理解を深める機会を持ちたい。

若い出版人で、まったく新しい発想で編集や制作に臨む人が増えてきている。
新しいスタイルの書店や古書店、本と触れ合う場を提供する人たちも増えてきている。
いままでは「採算が合わない」と切り捨てられていた分野のものも多数ある。
しかし「採算」とは、一体なにを根拠に言っているのだろうか。
その根拠がいま激変している。

出版不況、出版業界のイノベーションが求められているいま、こういった時期こそ、本を深く知る絶好のチャンスだ。

世界中の人が家にこもる事態になったこの機会に、本と自分に向き合い、じっくりと味わい、読んでもらいたい。

三津田治夫