
本作には、音楽家、グスタフ・マーラー(1860~1911年)を評し称えた、当時西洋で発表された関係者による雑誌記事や論考が便覧的に収録されている。
大きく分けて、マーラーの活躍時代、没直後、没後数十年の、3時代からの記事が掲載されている。
寄稿者は、文筆家ではトーマス・マン、シュテファン・ツヴァイク、ロマン・ロラン、フーゴ・フォン・ホーフマンスタール、エルンスト・ブロッホ、マックス・ブロート。
音楽家ではチャイコフスキー、ショスタコーヴィッチ、リヒャルト・シュトラウス、ヤン・シベリウス、オットー・クレンペラー、レナード・バーンスタイン、ブルーノ・ヴァルター、アルバーン・ベルクなど、各々の時代を画した偉人の名前が多くみられる。
カフカの編集者であるマックス・ブロートのマーラー論では、マーラーをユダヤ人の代表として紹介する論調が彼らしかった。能力のあるユダヤ人をメディアで拡散し、ユダヤ人を社会の上層に引き上げようとしたマックス・ブロート強い意図が見えてくる。
マーラーという人物評を通し、彼が生き抜いた19世紀末から第一次世界大戦の直前までの空気が手に取るようにわかる。
いろいろなマーラーの入門書に手を出すよりも、これ一冊で十分、という印象も得た。
素朴な疑問にも答えてくれる。
さほど多作でもないマーラーはどうやって食べていたのかとずっと疑問に思っていたが、彼は職業指揮者として大成した人物で、指揮に取り組む彼の姿が関係者により細かに描かれている。神経質で完璧主義者の彼ゆえ、50歳という短命だったのかもしれない。
「マーラー教」という言葉も本作中でたびたび出てくる。
音楽家としての彼の存在は一種の宗教、崇拝の対象だった。
彼を評する多数の文章の中から、マーラーという人間が発する精神のエネルギーと活力が、あたかも音楽のように伝わってくる。
文章を読むことでマーラーの音楽に対する見方も変わり、それ以前はほぼ興味がなかった「大地の歌」を、感銘を受けながらたびたび聴きかえすようになった。
最後に、本著作から、マーラーのクリエイティビティを端的に表明した、彼の名言を一言。
「伝統とは自堕落のことである」