本とITを研究する

「本とITを研究する会」のブログです。古今東西の本を読み、勉強会などでの学びを通し、本とITと私たちの未来を考えていきます。

若者が繰り広げる涙と笑いの群像劇:『メゾン刻の湯』(小野美由紀著)

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歌舞伎町ブックセンターの現役ホストの書店員さんからのお勧めで、この本を買ってきた。
小野美由紀という若い作家さんは非常に才能がある。取材力もあり、よく書いている。日本語の比喩表現や文学的な描写も立派だった。結論から言うと、面白かった。

これは、刻の湯という銭湯に寄宿する若者たちが繰り広げる群像劇。
老人、ジェンダー、教育、就職、仕事、SNS、IT社会など、いまの日本人が抱えている問題の巣を総ざらえし、それをひとまとめにドラマ化して刻の湯に詰め込んだ、という印象が第一だった。面白いエンターテインメント小説でありながら、実は社会派でもあるのだ(読み方に依存するが)。

銭湯という古くから日本にあるコミュニティ文化を現代に持ってきて、年齢や職業、性別を超えた場として設定しているところも興味深かった。
リーマンショックや震災、長引く不況などから日本の社会が不安定になり、スマートフォンSNSの普及とともに日本人の人間関係は複雑化した。
ヨーロッパでも20世紀の初頭には共産主義の出現と共に芸術家を中心にコミュニティ文化が花開いたように、いつの時代にも、動乱の中にはコミュニティが出現する。

『メゾン刻の湯』に登場する人物たちは、目に見えない大きな動乱の内側で目の前の小さな動乱に翻弄されている。人生の目標とか大きなゴールなどは彼らにはなく、ただひたむきに、目に見えない大きな動乱の内側で目の前の楽しみを見つけ、生きている。いまの時代をうまく捉えた生き方だと共感した。

人間はつねに運命に支配されており、それを受容し生きる以外に道はない。とはいえ、「運命を書き換えてやろう」という意志も重要。人間は、運命と意志の双方に挟まれ、戦い、成長しながら、生きていく生き物だ。こうした心の戦いが極限に高まった時代が、いまであると、この本から読んだ。そして文学の役割は、人や社会を言語化し、共有するところにある。まだまだ文学はこの役割を捨てていない。新刊『メゾン刻の湯』からそう感じた。

三津田治夫