ブックレビュー
このごろよく使われるキーワードに「自分らしさ」がある。2016年に第155回芥川賞を受賞し、その後文庫化され累計100万部を突破したベストセラー『コンビニ人間』。この作品を読んだ人は本ブログ読者にも多いはずだ。 主人公は30代半ばの独身アルバイト女性。…
某月某日、第24回を数えることになった飯田橋読書会。今回は初挑戦、ロシア文学を取り上げることになった。 チェーホフの戯曲には「中心がない」日本人に愛読者が多いロシア文学ではあるが、しばしば「人名」が敬遠される。たとえばイワンやワーニャ、イワン…
某月某日、文化の町飯田橋で読書会がはじまってはや3年。15回目となった。前回はイスラームをテーマに2冊の書籍を取り上げたが(『イスラーム文化-その根柢にあるもの』(井筒俊彦著)/『イスラーム国の衝撃』(池内恵著))、2冊を取り上げると議論が拡散…
澁澤龍彦の遺作小説。同氏が亡くなられたのが私がちょうど大学のときで、いまでもはっきりと覚えている。 同級生には、彼の作品のどこが面白いのだろうかという懐疑的なものが多く、私自身同時代に何冊か読んでいたが、さほど印象は強くなかった。彼の死語数…
ヴァレリーやベルグソン、ユング、モーツアルト、志賀直哉など、好きなものを徹底追求し仕事と成果にした小林秀雄が最晩年の11年間を費やした対象が、国学者、本居宣長である。 本居宣長に関するひとつの答えは、この人は宗教家であったということ。小林秀雄…
『台湾海峡 一九四九』は、台湾人の心の琴線に触れる迫害や闘争の歴史が、物語やルポ、インタビュー、ときには母が息子に語りかける形式で描かれ、美しい文体と技巧に富んだ構成が読者の心をつかむ作品。 台湾、香港での驚異的ベストセラーが意味するもの「…
『日本文学盛衰史』の続編という位置づけで戦後現代文学をメインテーマに据えた作品。作者の高橋源一郎氏の絶妙なレトリックの中、彼の文学に対する愛、出版に対する情、近代に対する憧憬が立像のように浮かび上がってくる。 言葉から「抵抗」が失われた現代…
2016年のベストセラーで、2017年にはテレビドラマにもなった作品。書名を見て最初はオートバイの開発物語かと思いきや、実は老舗足袋メーカーがアスリート向けのランニングシューズを開発するというイノベーションの物語だった。600ページはある大著。前半の…
この作品は、「芸能人だから……」という先入観を完全に捨てさせてくれた。文芸作品としての価値が高い。 いままで、文壇や版元が、芸能人の出版界への流入を意図的にシャットアウトしていたのではなかろうか。つまり「こっちの領域には来ないでくれ」と。 以…
明治20年に発表された『浮雲』を著した二葉亭四迷の名前は、「言文一致小説」の創設者として文学史に残されている。 いまでは小説で会話体が出てくるのは当たり前だが、昔は口語文語というのがあって、明確に使い分けられていた。 二葉亭四迷はそうした境界…
これはいわば、『プロレゴーメナ』の実装編である。訳者による前書きで「『人倫の形而上学の基礎づけ』を先に読んだ方がよい」とされている通り、その読み方をお勧めする。 『人倫の形而上学の基礎づけ』は豊富な具体例が添えられ、一つの事柄がいろいろな方…
強烈に素晴らしい書物と巡り会った。『プロレゴーメナ』は、カントが自ら語っているが、代表作『純粋理性批判』の手引き書のようなものである。200ページちょっとで読め、かつ、内容密度が大変に濃く、読み応えがある。 形而上学の入門書としても読める形而…
某月某日、読書会初の試みとして、政治学を取り上げた。カール・シュミットといえば名著『陸と海と』があり、このイメージから、本文が100ページほどでAmazonにも在庫があったので、『現代議会主義の精神史的状況』が取りあげられることになった。読書会での…
人間に自由をもたらした革命。自由・平等・博愛の革命。もしくは、恐怖政治。マリー・アントワネットという無意識な人が好き勝手やっていた。ルイ十六世がダメだった。実はフリーメイソンの革命だった、など……。 フランス革命はいろいろな読まれ方があるが、…
英治出版の『ティール組織』は600ページ近い大著でありながら発刊早々で異例の3万部を突破したという、近年まれに見る話題のビジネス書だ。事業のイノベーションに参考になる例がありそうで気になるので、早速買って読んでみた。 まず、巻末の「本書に寄せて…
本人にとっての最大の問題、結婚に関する記述が続く。 次では、父・自分・結婚の関係を、「牢獄」という言葉で比喩している。 ----- 譬えてみれば、牢獄につながれているのに、逃亡の意図ばかりか--これだけならもしかすると達成できるかもしれませんが-…
前回からの続き。 職業と学問に関しては期待を持つべきではないという将来への予見を持っていたが、結婚の意義と可能性に関してはそうでなかった。なんとかなると思っていたから、カフカはたびたび結婚を試みた(が、残念ながらすべて婚約破棄の結果になる)…
敏感な子供心は大人の矛盾をキャッチする。 しかしそれを言葉で口にすることはできない。 カフカの精神的プレッシャーは高まる。 ----- 「口答えはやめろ!」という嚇しと、そのさいに振りあげた手とは、すでに幼児期から付きまとっていました。......しかし…
西洋文化を見渡すと、ツルゲーネフの『父と子』やモーツアルトの手紙、あるいはフロイトの精神分析においても、あちらこちらで「私-対-父」という構図が目に入る。 カフカという作家はその典型というか、父との関係と作家としてのカフカの精神構造が濃厚に…
会社の有休消化の1ヶ月を費やし、退職後初の読書ということで、『現象学の理念』(エドムント・フッサール著)と『存在と時間』(マルティン・ハイデッガー著)を読み終えた。おのおの、今回読んだのが3度目だが、ようやく1割は理解できたか、という感じ。以…
『ニッポンの思想』では、1980年に台頭したニューアカデミズムについて多くの紙幅が割かれている。私を含めてこの年代を生きてきた人たちにとって浅田彰の『構造と力』(1983年)、『逃走論』(1984年)や中沢新一の『チベットのモーツアルト』(1983年)と…
歌舞伎町ブックセンターの現役ホストの書店員さんからのお勧めで、この本を買ってきた。小野美由紀という若い作家さんは非常に才能がある。取材力もあり、よく書いている。日本語の比喩表現や文学的な描写も立派だった。結論から言うと、面白かった。 これは…
今回は、ワイダ晩年の映画『菖蒲』の原作も書いたポーランド文学者、ヤロスワフ・イヴァシュケヴィッチの作品を取り上げる。 『尼僧ヨアンナ』と聞くと、1962年のイエジー・カヴァレロヴィッチの作品を思い出す映画ファンも少なくないだろう。東欧文学独特の…
1980年に刊行されたこの本、楽しみながら味読した。19世紀後半にドイツに作られた芸術家コミュニティ、ヴォルプスヴェーデをめぐるエッセイ集。 現在でもドイツはブレーメン郊外に観光地として存在するヴォルプスヴェーデ。詩人リルケが一躍有名にした村であ…
通訳士として、親善の仲介役として、日本の政策に進言する参謀として、幕末の日本に配属された若きイギリス人青年外交官の目から見た、幕末から明治初期にかけての日本の姿がリアルに描かれた名著。 この本を支える2つのリアリティこの本のリアリティは2つの…
『群集の心理』は80年前の作品だが、まさにいまのグローバル化社会という「未来」を予言した書物。500ページを超える大著で、行ったり来たりと、なかなか噛み応えがある文章で、非常に難解。 大づかみに結論だけを要約すると、共産主義も資本主義も双方ゴー…
今回な趣向を変えて、19世紀のドイツ文学を読んでみた。 妻と子供を愛する健全な農民ミヒャエル・コールハースの、数奇な人生を描いた作品。 ミヒャエル・コールハースが手塩にかけて育てた馬を連れ国を出ようとすると、国境で不当な通行税を請求される。通…
数年前ある著者さんから、「これは面白いから」と薦められて手に入れ書棚に放置されていた本を、一気に読んでみた。結論だけ言うと非常に面白く、ビジネス小説の枠組みを超えた大作であった。 舞台は1970年代を思わせる工場。著者が唱える、ToC、つまり、「…
古典を取り上げることが多い読書会で、今回の第18回目ではアクチュアルなベストセラーを初めて取り上げた。 ベーシックインカムと労働をテーマに人類のユートピアを探求する『隷属なき道』(http://amzn.asia/6pAsHxy)は、オランダの29歳の歴史学者が書き上…
社会科学エッセイとして珍しくもベストセラーになった2012年の作品。 どんなふうに書かれているのか、また作者がどういった論点で語っているのか、非常に興味があり、読んでみた。 『哲学の起源』というタイトルから得た第一印象は、存在とはなにか、自分と…